2017年10月17日火曜日

自己認識とキャリアシフト


劇的キャリアシフト

私の知り合いのなかには、某保険会社の営業マネージャーを
やっていた方がいらっしゃったのですが、
その方は、あるとき突然(近しい方ではなかったのでこのように感じただけ)、
レイキのヒーラーという新しいビジネスを始めたという方もいます。

ホンダのデザイナーをされていた方が、
ペンションのオーナーになった方もいますし、
哲学の教授が、有機農産物をつくる百姓になった方もいます。

一見すると彼らのキャリアシフトは、
一貫性がないように見えますが、実は将来のキャリアに対して
過去のキャリアのなかで、「今やりたくないこと」と
「これからやりたいこと」を自身のなかで認識していて、
それを実行に移しただけに過ぎません。

仕事での自己決定権

私たちが、仕事について考えるときに、
最近非常に重要な要素として認識されてきたのは、
心の健康です。
多くの心理学者がみとめているのは、
「自分の身に起こることを自分自身が決めている」という
「自己決定権」が十分に維持できる環境であるかが、
人生の満足度に大きく影響し、
また長生きする秘訣であることが明らかになったことです。

よくMBAで出てくるのは、マズローの五段階欲求階層説ですが、
わたしがシドニーで出会ったコーチングによる人間の基本的心理欲求は、
かなり違ったものでした。

マズローの階層説では、自己実現欲求が5段目の最後に
満たすべき欲求として来ていましたが、
実はもっと複雑で、生理的欲求や安全欲求よりも
先ほどの「自己決定権」があることほうが、
より満足度の高い人生に比例するそうです。

シドニービジネススクールのスペンス教授らによれば、
STD(自己決定)理論(self-determination theory)といって、
人間の基本的心理欲求は、次の3要素があり、
心身の健康やモチベーションの維持、
人生での満足感に大きく寄与するのだと言います。

1)self-efficacy…社会(または企業などの集団)での自己効力感、
          自分自身が役に立っているという感覚。
2)self-autonomy…自分でコントロールしているという感覚。
3)relatedness…集団のなかの他者と繋がっているという感覚。

これらの感覚が満たされない集団・社会では、
人びとの心身は病み、パフォーマンスも低くなるので、
思わぬコストを社会全体が強いられることになります。
これらが基本的ニーズだとは、意外だなと思われる方も
いらっしゃるかもしれません。

そう、人は「Social Animal」=社会的生き物だといっても過言ではありません。
このように自己決定理論に照らし合わせて、
自身のキャリアを考えた時に、
役立ち感や自律性、帰属意識が薄れていくような仕事はしたくないと思うでしょうし、
どんなに頑張れといわれても、モチベーションは上がらない、
持続しないのがわかるかとおもいます。

ソーシャル・アニマルゆえに

ただ、ここで逆に注意したいのは、ソーシャル・アニマルであるということです。
キャリアシフトを考える人たちが見逃しがちなのは、
この現在受け入れられている、また、自分自身が時間をかけて作り上げてきた
「自己像」が、自分だけのものではないという点にあります。
この点について、うまく表現されているのが
「選択の科学」の著者・アイエンガー教授(コロンビア大)です。

首尾一貫した自分でありたいという欲求は、自分の人生をどう生きるべきかを考えるときジレンマを生むことがある。他人が認め、交換を寄せるようになった自我像にそぐわない行動をとればよくわからない人、信用できない人と思われてしまう。

さきほど冒頭で、一見劇的なキャリアシフトをした人たちも、
実はこの首尾一貫したまわりのイメージからずれていったように見えますが、
そのようなまわりの固定されたイメージに縛られず、
ここで今までの「自己像」から次の新しい「自己像」へと
上手にシフトするためには、自分自身が選択によって変化しうる
多面的な存在であるという広い自己認識力を身につける必要があります。

キャリアシフトを行う際に、どうしても躊躇し、実行に移せずハマってしまうのが、
この自己像の首尾一貫性のるつぼです。
今の仕事が天職だと思う人や
ひとつの企業や産業に定年まで関わるのが当たり前の人生では、
さほど必要とされない要素ですが、
今日のようにキャリアシフトが当たり前に行われる時代においては、
必要不可欠であり、意識して磨くべき「資産」だとおもいます。
アイエンガー教授のサジェスチョンは、キャリアシフトを行うのに
とても参考になります。

大切なのは、昔からずっと同じ自分じゃなくても、自分であることには変わりないという認識を持つことだ。・・・「完璧な自己」という彫像を引きづりおろせば、アイデンティティが静物ではなく、動的なプロセスだということがはっきりするだろう。

参考文献

シーナ・アイエンガー. (2010). 選択の科学. 2010 年 文藝春秋.

Spence, G.B. & Deci, E.L. (2013). Self-determination theory within coaching context: Supporting motives and goals that promote optimal functioning and well being. In D.Clutterbuck, D.Megginson &S.Javis (Eds). Beyond Goals: Effective Strategies for Coaching and Mentoring, London: Gower.