2014年12月19日金曜日

シドニー人質立てこもり事件から学べること


いつもどうりの月曜日のはずが…


ちょうど今日(2014年12月19日)から五日前、
私の通う学校から歩いて10分くらいの場所のカフェで
銃を持った犯人が人質をとって立てこもるという想像を絶する事件が起きてしまった。

犠牲になった何の罪もないお二人のことを思うと
耐え難い気持ちでいっぱいである。

16時間に及ぶ立てこもりの終わりは、
犯人の人質への発砲に対して行われた警察の銃よる制圧だった。

犯人に撃たれて亡くなられたカフェ・マネージャーのジョンソンさんは、
他の人質たちを逃がそうと犯人と取っ組み合いなり撃たれてしまったそうだ。

もう一人の法廷弁護士で3人の子どもの母親でもあるドーソンさんは、
妊娠中の友人を庇おうとして犯人に撃たれてしまったらしい。

お二人の勇気ある行動に敬意の念を抱くとともに
彼らの死を悼まずにはいられない。

日本でも報道され、家族からも安否の確認もあったが、
私たちが事件に巻き込まれる可能性もあったわけで、
たまたま人質として居合わせてしまった人たちのことを考えると
さぞ恐かっただろうと想像する。


精神異常の単独者による犯行ということだが・・・

今回の事件は過去に元妻の殺人ほう助の容疑など、
犯罪歴のあるイラン移民による単独犯行で、
イスラムの過激思想とテロリズムを利用して、
自分の行動に世界の注目をあつめようという自己中心的な動機が主であり、
組織的な犯罪ではなかった。

だが、犯人の要求は次のように、宗教的対立を含む政治的な内容だった。

1)「イスラム国」の旗を持ってくること
2)過激派組織の攻撃をうけていると報道すること
3)首相から直接連絡をしてくること

要求の内容が、オーストラリア社会に対する個人的な不満から来ている内容なら
犯人がどのような過程を経てこのような行動に至ったのかを考えるだけにとどまったのだろうが、

「イスラム国」と関連付けたことで、
今回の恐怖がオーストラリアに住むイスラム教徒のコミュニティー対してまで広がってしまった。

今年9月に「イスラム国」に関係したテロの計画が、警察の捜査などで明らかになり、
イスラム系コミュニティに対する不信感から、イスラム系住民に対する嫌がらせなど
一部の人々が持っているイスラムに対する嫌悪が表面化しているなかで起きた事件だったので、

サイドエフェクトとして、イスラム系住民も同じ恐怖感を周囲で感じていたようだ。


ツイッターで多くの支持を受けた「アイル ライド ウィズ ユー」

ツイッターで爆発的にリツイートされたのが、ハッシュタグ「#illridewithyou」だ。

発端になったストーリーは・・・

ブリスベンのレイチェル・ジェイコブさんが、
電車で隣に座ったイスラム教徒の女性が
駅を降りる前に静かにヒジャーブ(イスラム教徒の顔を隠すベール)を外すのを見たので、
ジェイコブさんは、たまらず駅を降りて彼女を追いかけて行き、

「それ、戻して付け直してください。私一緒に歩きますから。」

と言ったそうだ。

相手の女性は目に涙を浮かべてハグをしたあと、
ひとりで歩いて去っていったという話。

Facebookでこの話を友達にシェアしたのがきっかけで
そのあと多くの人がこのストーリーをツイッター上でシェアし、

オーストラリアは、これからも多民族多文化の国で、違いを尊重し、受け入れられる、
寛容で、フレンドリーな社会になるんだ、という意思の表明など多くの共感者を惹きつけた。


誰が組織や社会を変えていくのか?

今回の事件で思い出したのが、
社会や組織がどのように変革するのかを書いた
ピーター・センゲの「Presense(邦題:出現する未来)」のなかのストーリーだ。















ドイツのフランクフルト北部の行政ヘルスケアプロジェクトとして、
医師たち有志が、現状の対処療法的な対応に疑問を抱き、
町全体の医師-患者間の関係についてのインタビューをおこなう。

そこで浮き彫りになったのが、次の四つのレベルだった。

レベル1:対処療法

医師:(メカニックのように)壊れたところを治す人  ⇔ 患者:治される人

【レベル2:行動を正す】

医師:患者の行動を変える人(煙草を吸うな!など)⇔ 患者:原因となる行動を直される人

【レベル3:原因やその関係性を探る】

医師:なぜそうなったのか?を問いかける(コーチ的)⇔ 患者:原因を自分で分析する

【レベル4:全体性に目を向ける】

医師:自分の役割は、目の前の病気を治すだけなのか?
   ギブだけで、テイクはないの?(豊かな人と人との関係など)

患者:医師にかかるのは、病気になった時だけか?
   医師との関係をもっと緊密に保つためにできることが他にはないのか?
   テイクだけで、ギブは?


有志の医師団とインタビューに協力した市民たちにも今回の結果を見てもらい、
今、現状で行われているヘルスケアはどのレベルかを投票してもらったところ
レベル1と2がほとんどだった。

そこで、実際にそれぞれが望むレベルは、どのレベルかを投票してもらったところ、
レベル3と4が圧倒的に多かった。

そこから、どうしたらレベル1からレベル4へシフトできるかの対話が、
医師とそれをとりまく行政、市民たちのあいだで始まり、

それがきっかけで市民たちによる各地域の救急センター設置や、
医師にかかるまでもない病状のときに相談できる窓口の新設など
患者-医師間の枠組みを超えたコミュニティ全体のシステムとして
お互いがお互いにWin-Winとなる新しい関係性を創造することができたという話だ。


問題を他人事としてとらえない視点

レベル1からレベル4までの状況を概念的にまとめると次のようになる。





現在の世界をとりまく複雑なシステムとそのなかで起きている対立や問題を考えた時に、
自分自身を切り離して、問題の原因は、「彼らだ」と他人や他部署、他国、
他宗教などを非難の的に揚げるのは、簡単なことだが、
お互いがお互いの見える範囲の損得だけを考えて行動してるだけで、
根本的なシステム全体の解決には至っていない。

レベル1やレベル2のように出てきた問題と行動パターンに対処しているだけだ。



人質立てこもりの犯人が、なぜ移民として市民権を得られたのか?
なぜ、過去に犯罪歴があるのに銃を手に入れることができたのか?

事件終了後、政府のシステムに欠陥があったのではないかという懸念の声も出ているが、
ここで、原因となる行動や体制を変えるだけでは、
レベル2のパターン=旧体制からの部分的な改善までにしか至らないのではないか。
(例えば、銃を持たない社会にしたらどうだろうか?というところまで考えが至らない)


レベル3とレベル4まで到達するには、どうしたらいいだろうか。

一部の欠陥を組織(政府)や特定の人びとのせいにして非難するのではなく、
「なぜ」このようなことで「私たち」の命が奪われなければならないのか?
自分たちの外側にある「彼らの問題」としてではなく、
私たち一人ひとりが関りあって生じている現象としてとらえた時に
私たち一人ひとりにどのような選択肢とパワーがあるのか?と問う必要がある。

知る由もない向こう側の問題としてではなく、
自分が複雑なシステムに影響を及ぼしている一人として認識することで
コントロールできない「問題」が内側にある我々の見えなかった選択肢として現れてくる。

どのような構造でどのようなメンタリティが今の対立を生み出しているのかを
宗教、国、組織や文化を超えてお互いに対話を始めたときに、新しい未来が出現する。

ツイッターの I will ride with you のメッセージは、
新しい「未来」として「私たち」が示した一つの選択肢ではないか。

文化人類学者のマーガレット・ミードいわく

問題意識をもって深くものごとを考えれば、
たとえ少人数でも世界を変えられます。
その可能性を疑わないでください。
実際、これまで世界を変えたのはこのような人々の力だけです。

私も一つひとつの選択の可能性と力を信じたい、
と今回の事件を経て更に強く感じるようになった。



2014年12月2日火曜日

シルクドソレイユの「TOTEM」を観に行く!!


シルクドソレイユのシドニー公演

MBAグループワークのケーススタディで、
シルクドソレイユのクリエイティビティについてやってから
すっかりファンになってしまい、クラスメートとそのパートナーを含む6人で
『TOTEM』というショーを観に行って来た。

いい席は、100ドル以上するのだが、クラスメートのエディタが
学生割引を使って、ひとり79ドルの席を予約してくれた。

やっぱり百聞は一見に如かずで、ビジネスとして論文などで調べるのとは違って、
実際に観客として楽しんだほうが、何倍も得られる情報があるなと実感。



シアターか?サーカスか?

シルクドソレイユは、サーカスとシアター、ミュージカルを融合した
新しいエンターテイメントということで、まず気になるのは、観客の服装だ。

実は、行く直前に妻とのあいだで、フォーマルで行くか、カジュアルでもよいのかで論争が勃発。

「劇場シアターとの融合なんだから、フォーマルなんじゃないの?」と妻。
「いやーテントでやるんだから、オペラハウスに行くような恰好じゃなくても…」と私。

結局妻は、フォーマルウェアに身を包み、私はカジュアルに着こなして
ふたり合わせて「シアターとサーカス」のあいのこだねと笑いながら、
お互いの解釈を尊重して劇場テントへと向かうことにした。





シドニーのサーキュラーキー駅からバスで20分の
ムーアパークという公園の一部にテントが張られ
30分前には、観覧客でにぎわっていた。
11月の期末試験以来のクラスメートとの再会で、お互いの近況情報を交換。

テントに併設してバーのようなスペースがあり、
この辺は前回オペラハウスに行った時のバーのようなフォーマルな空間と似ているようだった。

服装はまちまちで、ラフな格好で来ている人もいれば、
お洒落をしてフォーマルな格好で来ている人もいた。

フォーマルでもカジュアルでもどちらでも良かったのだが、
夫婦で相反する恰好で来ているカップルはいなかったので、そこはちょっと反省。


テントのなかに入ると


時間が迫ってきたので、早速誘導係の指示にしたがって小さな入口を入る。

誘導係も皆丁寧な対応で、
「今日は来てくれて本当にありがとうございます」と言われて感動した。

日本のマニュアルチックな挨拶ではなくて、
本当に自分の仕事を楽しんでいるような挨拶だったからだ。

なかは撮影禁止なので写真はお見せできないが、入口の階段を上ると
ひな壇上の観客席が真ん中の直径10m位の円舞台を中心に
ほぼぐるりと設置されていた。

円舞台の後ろには海辺を連想させる花道のようなスペースがあった。
第一印象は、思ったより舞台が間近で小ぢんまりしているなという感じ。

「おーやっぱり観客席は、プラスチックじゃなくてレザー仕様だねー」

ケーススタディで調べた時に、
シアターのように豪華な観客席を設置していると書いてあったので
ひとりでそれを確認して盛り上がっていた。

コトバのない世界


時間になり、いよいよショーの始まり!

最初にカエルの衣装をまとったパフォーマーが
トランポリンや鉄棒のような構造物でアクロバット。

そのあとは類人猿が出てきたり、
アジアチックな衣装で一輪車の芸があったり、
ときには、未来人がでてきたり
現代にもどってイタリアなまりの変なオジサンがでてきたり
道化師が滑稽な芸をやったりと

パフォーマンス全体はとても複雑でなかなかコトバにすることができない。

今回の「トーテム」のテーマは、人類の進化と飛びたいという願望を描いた作品ということで
コトバでは表現できないものをパフォーマーの動きや音楽で十分に感じることができたとおもう。

コトバのないパフォーマンスなので
解釈も人それぞれだが、それでもなんとなく人間の根底にあるもの、
活力とかあくなき挑戦みたいなものに心動かされて
終わった後には、「人間てすごいなぁ」と満足感で満腹状態。

公演の2時間はあっという間で、
終わってみると来た当初、小ぢんまりしていると思った空間が
テントのなかにいるのを忘れるくらいのダイナミックなショーだった。



実際に観て学んだコト

ケーススタディでは、気づかなかったことが3つある。

一つ目は、音楽。

それぞれのショーに対して、オリジナル曲をつくっているのは知っていたが、
民族音楽のドラマーや歌姫まで生出演するとは知らなかった。
これが、ミュージカルとの融合かぁ
とあらためてシルクドソレイユの本物志向に脱帽。




二つ目は、テクノロジーとの融合。

ケーススタディでは、テクノロジーの話は出てこなかったが、
舞台の後ろにある花道が蛇のように出てきたり、そり上がって光を放ったり、
それぞれのシーンで演出に欠かせないアイテムになっていた。

また、ジャグラーのボールが七色に光るようになっていて、
色の演出も音楽やシーンに合わせてプログラムされているようだった。
小さな空間を意外と手の込んだテクノロジーが支えているんだなというのが観てみての感想。



やはり、ブルーオーシャン戦略でどんなに人が中心のイノベーションでも、
テクノロジーは切っても切れない要素なのか。

最後に・・・

3つ目は、フォーマルかカジュアルかで迷ったとしても、
私たちのように決してカップル別々の恰好(フォーマルvsカジュアル)では行かないことだ(笑)


2014年11月27日木曜日

オーストラリアIKEAの節税方法が話題に!!

華やかなステージの裏側で

妻がたまたま会社からFinancial Reviewを持ち帰って来たので
さっそく読んでみると(11月6日付)、一面にIKEAが2003年から10年間で
10億ドル(AUD)≒1000億円ほどの税引前純利益があったのに、

節税対策で最終的には、1.03億ドルの純利益として報告されていたと書いてあった。
結果、国に対して少ししか税金を払っていないとのこと。

オーストラリアで発生した利益のほとんどは、ヨーロッパのルクセンブルグにあるIKEAの製品デザインやトレードマークなどを管理する別会社にフランチャイズ料などとして支払われ、同時にルクセンブルグ政府からは、税金の優遇措置を受けていたらしい。

アップルやAmazonなど国際的な企業もルクセンブルグにお金を流すことで、
該当国での税金支払いを回避しているらしい。
この方法は、全く合法でそれぞれ世界的に有名な会計事務所のもとで行われている。

※次の動画がわかりやすいので同時におススメ

Why IKEA's profits are mostly tax free 03:10




合法ならいいの?


記事を読んでいて、思い出したのは授業でやった「企業倫理」の話。

ひとつは、中皮腫発生との関係が明らかになってもアスベストを含む製品を
つくりつづけたJames Hardie社の被害者に対する補償問題についてだ。
オーストラリアは世界で2番目に中皮腫患者が多い国なのだそうだが、
合法なら事業活動による被害を無視または軽視して、利益の最大化のみを追求するべきか?


James Hardie win disappoints asbestos campaigners




もう一つは、マレーシアにあるNIKEの下請け工場の話(2008年)。
労働環境が非常に悪く、ベトナムからの出稼ぎ労働者は
パスポートを取られたまま返されないなど不正な労働搾取が行われていた。
(その後改善されたようだ)



企業のステークホルダー(stakeholder)は誰か?



これらの企業が軽視しているのは、直接利益にかかわる顧客や投資家以外のステークホルダー(利害関係者)に対する配慮である。

通常企業が意識して対応しているステークホルダーは、顧客、投資家、サプライヤー、従業員、政府くらいではないだろうか。

例えば、James Hardieのケースで考えると、中皮腫を発症しているのは、元従業員、建設従事者や住宅居住者など企業活動と直接的なかかわりのない人びとである。

そう考えると、工場をとりまく近隣住民や従業員の家族、
製品が使われるコミュニティ全体までと関係するステークホルダーは広がってくる。

NIKEのケースでは、サプライヤーの従業員とその家族、サプライヤーのさらにサプライヤーがNIKEの企業活動によってどのような影響を受けているのかまで考えなけらばならない。

ステークホルダーはなにも現在形で存在する人や組織に限定しない。

サステイナブル・リーダーシップを提唱するアベリーら(Avery et al.,2011)によると
企業の長期的な存続を実現するためには、配慮しなければならないステークホルダーに未来世代の子どもたち、街や国、そして私たちをとりまく地球環境も視野に入れる。


IKEAはサステイナブルか?


IKEAの節税対策をみて、2つのリアクションがあるとおもう。

「合法なんだからいいじゃん。製品も安くなるし。」

「他企業が真面目に税金払ってるのに。フェアじゃないね。」

どちらが間違っていて、どちらが正しいと思うかは、それぞれのもつ倫理観の問題だとおもうが、

なぜ企業として隠さずに節税対策はこんなかたちでやってますと堂々と公表しなかったのかを考えるとやましいとどこかで思っているからだろう。

透明性と正直な経営は、節税対策よりも大切だ。

Why is Ikea a Non-profit?


引用索引
Avery, GC & Bergsteiner, H (2011), 'Sustainable leadership practices for enhancing business resilience and performance', Strategy & Leadership, vol. 39, no. 3, pp. 5-15. 

2014年11月25日火曜日

やさしい会計学の話:ABC分析とは?


ABC分析とは?

不得意なアカウンティングの授業で
実践でもつかえるコンセプトとして面白いなとおもったもう一つの内容は、ABC分析だ。

ABC分析とは、Activity based costing(アクティビティ・ベース・コスティング)の略なのだが、
いくつもの製品やサービスがあるなかで、ひとつの製品やサービスのコストを考えるときには
通常、直接費、間接費というコスト分類からコストを計算する。

ABC分析では、アクテビティ、すなわち、
製品やサービスが顧客に提供されるまでのすべての活動に焦点をあてて、
それぞれの活動におけるコストをはじき出す手法である。


全部原価計算法

なじみの深い建設業で例えれば…

A工務店では、ある期間で新築1500万円の契約とリフォーム1500万円の契約があったとする。
それぞれ直接費と間接費でコストを分けるとすれば、直接費は、建設に必要な資材や下請け業者への発注費用が主になるだろう。

間接費用は、会社の社員を含む一般管理費になる。話を簡単にするために、直接費がそれぞれ1000万掛かり、間接費用としては社員を含む会社全体の運営にかかる費用として、800万掛かったとする。

この場合、間接費はその期間にかかった会社全体の費用として財務会計ではプールされるので、
工事別に費用を振り分けようとすると、工事費総額の割合や面積などて振り分けることになる。

それぞれ工事の内容は違うが、今回の場合、総額が同じなので、800万の間接費は
それぞれに1/2の400万づつ振り分けることになる。

このようにすべての間接費(器具備品、人件費、オフィスリース料など)を製品、サービスに
全部振り分けることを全部原価計算(Absorption Costing)といって、
工場などの製品生産などに使われてきた伝統的な手法である。

一連の内容を表にすると次のようになる。

A工務店(全部原価計算)新築リフォーム
契約金額1,500万1,500万
直接費-1,000万-1,000万
間接費-400万-400万
コスト合計-1,400万-1,400万



営業利益100万100万



上記のように間接費を総額の比で分配すると、営業利益がともに100万と同じように算出される。

新築を請け負っても、リフォームを請け負っても、どちらでも同じ儲けが期待できるなら、
今後は高耐久住宅の普及にともなってリフォーム物件が増える傾向にあることから、
リフォームをたくさん受注する戦略をとって利益を増やそうという決断もできるだろう。

今回話を単純化するために、新築もリフォームも一物件づつの比較をしたにすぎないが、

実は、リフォーム物件のほうが、新築物件に比べ施主との打ち合わせ、
施工管理や下請け業者との調整など、間接費として計上している社員の労働時間はリフォームのほうが格段にかかる。



ABC分析では?

そこでABC分析では、単に間接費として比率分配していたこれらの費用をそれぞれの活動に伴う費用としてブレークダウンして正確なコストを割り出す努力をする。

A工務店での例を考えると、営業社員の打ち合わせから契約までの折衝時間、
積算部の見積もり作成・変更に伴う時間、現場監督の打ち合わせ、
現場調整などに費やした労働時間などを算出する。

そうすると次のような違いが出るかもしれない。

A工務店(ABC分析)新築リフォーム
契約金額1,500万1,500万
直接費-1,000万-1,000万
営業活動費(営業部人件費など)-60万-80万
積算製図(積算部人件費など)-50万-70万
施工管理費(施工部人件費など)-145万-195万
その他の会社運営費--100万-100万
コスト合計-1,355万-1,445万



営業利益145万55万



実際の活動ベースの原価計算をしたところ、新築では145万利益が出ている
リフォームでは、55万しか利益が出ていないことがわかる。

リフォーム受注を増やすということは、社員のリフォームに費やす時間が増えるということなので、
現在の人員体制では対応できない可能性も出てくるかもしれない。

特に内容の異なる製品やサービス提供を同時進行で行う場合、
直接原価以外の間接費用をそれぞれの商品にヒモづけして、
活動ごとのコストとして正確に割り出さないと、
誤った意思決定を行う可能性がある。

A工務店の例で言えば、社員を遊ばせておくよりも少しでも利益が出ればよいと思って、
上記と同じ1500万のリフォームの仕事を1420万で受注してしまうと、
全部原価計算では、20万の利益がABC分析では、25万の赤字になる。


見えないコストを見える化する

ひとつの製品やサービスの原価を正確に抑えることは、
どこまで価格を割り引くことができるかなど
競合他社との価格競争においても優位に立てる可能性が大きい。

対外的な決算書や税金のための財務会計では、
すべての販管費、一般管理費を一緒くたに統合してしまうので、

それぞれの商品ごとのコストを割り出すときに個数や売上高の比によってこれらの間接費を
分配する方法しかなくなってしまうが、これをやってしまうとそれぞれの活動で実際に費やす労働時間などの濃淡がわからなくなってしまう。

特に複雑なサービスを提供する場合、それぞれの活動が多岐にわたり
なかなか一つのサービスにたいする原価が割り出せない場合もあると思うが、

ひとつのサービスに対する会社全体のプロセスは必ず存在するわけで、
それらの活動を測る指標(稼働時間、面接時間、人数、件数、枚数、データ量など)を設定すれば
コストを見える化することができる。

コストを見える化することで、改善すべき活動やプロセスは何かも見えるようになる。

売上や利益が出ているときはいいが、市場が変化して利益が出なくなってきた時に初めて
なぜ利益がでないのかを考えていては遅い。

なぜ利益が出るのかを管理会計のなかで十分把握することが重要である。




2014年11月19日水曜日

Book Review: How Google Works


Scientific Description on Google

Recently I read this book, "How Google Works."
Before reading this book, I knew little about Google though stories of the company appear here and there in new articles and textbooks on business. I kind of liked their way of providing services in the internet searching. Its searching interface is just simple with no adds and quick in results.

One of authors of the book and the former CEO, Eric Shmidt, clarifies why they can deliver us such a simple and powerful search engine. I really liked the way Shmidt described about Google as a micro-universe of creatives who are passionate about creativity and innovation.

His discourse is not only based on personal experience, whereas many CEOs tend to write as their memoirs which sometimes seem just showing off to me, but also based on rigorous scientific evidences so that I can understand what kind of concepts and theories underlined in his management and day-to-day decision making.




Why Google Is Creative?

The entire themes of the book are how as a huge multinational entity keeps heads toward creativity and innovation providing services which are "radically useful and novel" for the users as well as an integrated collaboration of diverse creatives. 

It is interesting when the author talks about how top managers "un-manage" the process of creating and innovating while they manage to allocate effective workplace for the creators and keep cultures which inspire all employees to make difference in the world. As the author states, Google is the place where messiness, as a prerequisite for creativity, and internal integration, as a compass for the company's navigation, miraculously reside together.

If you are MBA student or business leader who wants to make difference in practice, it is worth reading, well interpreted business theories and ideas bridging between rigorous research and business practice. 




How to Manage Emails Effectively


I would like to share the author's tips for effective email management, which everyone might have been struggling from handling hundreds of emails.

1)Respond quickly

Being responsive sets up a positive communications feedback loop.
"got it" would be fine.

→As matter of fact, I have been doing this since I read this book. I agree that quick response delivers implicit image that you are reachable when others need help or contact. That means high frequency to come into other's mind.

2)When writing an email, every word matters, and useless prose doesn't.

Be crisp in your delivery.

→Especially for top managers, a long mail are likely to be ignored. I try to write whole story in about 50 words and put headings and numbers if the contents become longer. 

3)Clean out your inbox constantly

Time thinking about which items in your inbox you should attack next is a waste of time;
Time rereading a message that you have already read is a waste of time.

→I think this is right. I found it waste of time postponing reply after reading whole the messages; at the time when I respond later, I have to reread the messages again!

I hope this would help.

2014年10月17日金曜日

エンロン事件とイリジウム社の破たん


エンロン社の粉飾決算

1985年にテキサス州ヒューストンの
天然ガスのパプライン供給会社として2社合併で設立したエンロンは、
その後ガス以外の電力やエネルギー関連のファイナンスを含む
あらゆるビジネスに裾野を広げ、1990年代には、アメリカで7番目の大企業となっていた。

2001年12月に粉飾決算による負債が明らかになり、
一瞬にして20億ドルと2万1千人もの社員の退職金と年金ファンドのほとんどが消えてなくなってしまう。
(ドキュメンタリー:Enron–The Smartest Guys in the Roomより)



当時、政府によってエネルギー分野の規制緩和が進み、
その波に乗ってアメリカ全土に市場を拡大したのだが、
この成功は戦略的成功というより、トップの意思決定がたまたま世の流れにマッチしただけで
その後の破たんは、中身をあけてみれば、必然と言わざるを得ない。

トップの重役、特に最高執行責任者(COO)のジェフ・スキリングや
最高財務責任者(CFO)のアンドリュー・ファストウが、
あらゆるネガティブな情報を無視するか、もみ消すかすることで、
投資家や顧客、サプライヤーや社員たちをだましながら
自分たちの私利私欲、ステイタスを守ろうとしていたところに原因がある。

トップマネジメントの失態

スキリングは、ペーパーワークが嫌いだったらしく、
プロジェクトの承認も口頭で行われることが多かった。
事業の詳細に無関心で、とにかく高収益さえ出せばそれでよかったそうだ。
社員に対するマネジメントも、完全なる成果主義を唱えて
ランク付けし、下位10%の社員は無条件で排除されるというハイプレッシャーな
環境をつくりだした。

権限移譲、成果主義、利益崇拝の企業文化が
グッドニュースをでっち上げる状況を作り出し、
倫理観のかけらもない重役たちによって、
会計監査会社をも巻き込んだ歴史上最悪の茶番劇に発展する。

「いい話しか聴きたくない」という重役に
誰が自分のリスクを負ってまで正直に伝えようと思うだろうか。
ただでさえ、ネガティブな情報を上に伝えるのは至難な業なのに
最初から無視してるなら、伝わりようがない。

笑えるのは、最高財務責任者(CFO)のもとで働いていた
ワトキンスがCEOケン・レイに粉飾を密告するのだが、
密告をうけたCEOは、その内容をあまり重要視せず、
逆に密告したワトキンスをどうしたら解雇できるかを
顧問弁護士に相談していたらしい(Seeger & Ulmer 2003)。

トップ・マネジメントが意思決定を行う場合に
いかに入ってくる情報が少ないか、
また、人びとの思惑によってゆがめられるかの
究極の事例がエンロンといえる。


モトローラ社のイリジウム


1985年、モトローラ社のあるエンジニアの妻が、旅行中に携帯が繋がらなくて
顧客と話ができなかったとの不満がきっかけで、
衛星通信携帯電話「イリジウム」計画が始まる。

その後、モトローラ社を中心にイリジウム計画に投資する会社との
合資会社イリジウム社が1991年に設立。

1998年に「衛星通信携帯イリジウム」が発売されるが、
当初の予想契約者数50万人に反して、1万人しか集まらず、
一年で20億ドルの負債を抱え、経営破たん。

原因は、計画が始まった12年前に比べ
携帯電話の通信可能範囲が格段に広がったこと。

イリジウム社が見込んでいた世界を飛びまわる重役たちの市場が著しく縮小。
登山家や冒険家など、ほとんど人が行くことのない地域でしか利用価値がなくなってしまった。

なぜ、開発の途中で市場の客観的な評価ができなかったのか?
イリジウムを販売する直前の1998年に書かれた事業計画趣意書には
25ページに渡ってあらゆるリスクが挙げられていた(Finkelstein & Sanford 2000)。



Escalation of Commitment(立場固定バイアス)

1996年、イリジウム社CEOに就任したスタイノは、モトローラ社出身で、
11年間にこの計画に費やした開発費のこともよく知っていた。
既に投資した費用のことをsunk cost(埋没費用)という。
なぜ「埋没」かというと、過去の費用はもう取り戻すことができない費用だからだ。

この取り戻すことのできない「埋没費用」が大きければ大きいほど人はその費用に執着し、
たとえ失敗に終わる計画であっても、今までこれだけ投資したのだからと、
更に投資して、「埋没費用」を取り戻そうと試みる。

これを「escalation of commitment(立場固定)」という(Gunia & Galinsky 2009)。

イリジウム社のトップは、これ以上はリスクが高すぎるという情報より
過去の「埋没費用」のほうを評価していた。
だが、これまで費やしたコストの量が、未来の成功を約束してくれるわけではない。
失ったものを取り戻そうという視点は捨てて、
今の現状とこれからのリスクを正しく評価するべきだった。


トップマネジメントの意思決定における罠

今回、Managing People in Organisationsという科目で
トップマネジメントの意思決定についてリサーチした。

エンロンとイリジウムの事例は、極端でわかりやすい。

特に感じたのは、トップが得る情報の希少性である。
希少な情報からどうすれば曇りのない目で、
不確実な未来の意思決定を行うことができるのか。

希少な情報の上に、人間としての誤認識の可能性がいくつも挙げられる。
そんななかで、ロジカルに意思決定するに・・・、

①アウトサイダーの視点:部外者を入れるか、部外者として内部を見ること。
②反論者の視点:批判的な視点で、自分の考えを反論してみること。

この二つは特に重要だと思う (Bazerman & Moore 2012)。

また、エンロンのように権力と私欲だけでは、
持続可能なビジネスは行えないということだとおもう。
他人に対する行動は、自分に向かって行っていることでもある。






参考文献

Bazerman, M & Moore, DA (2012), Judgment in managerial decision making, 8th edn, VitalSource Bookshelf,Wiley & Sons, Australia,  Available from: <http://au.wiley.com/WileyCDA/WileyTitle/productCd-EHEP002487.html>.

Finkelstein, S & Sanford, SH (2000), 'Learning From Corporate Mistakes: The Rise and Fall of Iridium', Organizational Dynamics, vol. 29, no. 2, pp. 138-148. Available from: heh. 

Gunia, BC, Sivanathan, N & Galinsky, AD (2009), 'Vicarious entrapment: Your sunk costs, my escalation of commitment', Journal of Experimental Social Psychology, vol. 45, no. 6, pp. 1238-1244. 

Seeger, MW & Ulmer, RR (2003), 'Explaining Enron', Management Communication Quarterly : McQ, vol. 17, no. 1, p. 58. Available from: ProQuest Central. 






2014年10月7日火曜日

MBAは無駄か?


Managing for Success

私の取っている科目のなかに"Managing for Success"というのがある。
最初は、なんだかカッコつけたタイトルだなと思っていたが
この科目をMBAの最初の学期にやっている意味が、最近になってわかってきた。

ここで何をやるかというと・・・
「MBAがあなたにとって本当に意味があるのかどうかよーく考えなさい!」ということ。
MBAで何を学んで、その学んだことを実際のビジネスでどう活かしていくかを学ぶ。
言い換えれば、MBAで学ぶための学びをする場である。

学びのための学び

学びのための学びとは、具体的にどういうことかというと
例えば、はじめの課題は、自分のゴール設定をしなさいというもの。
ゴールってそもそも何か?どうやったら達成できる確率があがるのか?
なぜ設定するのか?

社会心理学や脳科学の理論を借りながら、実際に自分のゴール設定に適用してみる。
ゴールの設定の仕方なんてわざわざ習わなくても知っているよ、と思われるかもしれない。
ゴール設定の仕方を知っていても、なぜ失敗をするのかを知っている人は少ない。

人は皆、今までの経験から、
「これをやれば成功する、今までもそうだったのだから。」と結論付ける(Jones, 2007, p.350)。
成功し続けると、逆に何が本当に成功につながっているのかの反省をしないまま、
行動が習慣化して、いざ状況が変化して、その変化に行動が対応できなくなってきた時に初めて、
自分の行動が原因だと気付く。過去の成功にしがみついていると、
気づいたときには、取り返しのつかないことになっていることが多い。
多くのビジネスが、このような思い込みで営業不振へと追いやられている(Jones, 2007, p.350)。

Transferable Skillsとは?

ゴール設定の課題ひとつとっても、
ビジネスに限らず、日常生活でも、人生のゴールを考えるうえでも共通する内容である。
何か目標を設定してそれに向かうときに、地図と羅針盤(理論と方法論)があるのと、
直観で対応するのとでは違いがでる。

また、どれだけハイテクな地図と羅針盤(理論と方法論)をもっていても、
自分の弱点は何かをよく理解してなければ、それらの技術を有効には使えない。
これから特に複雑なビジネス世界で渡り歩いていくために必要のは、特殊な理論を学ぶ前に、
どんな仕事でも共通して通用するような、転換可能な技能(transferable skills)を学ぶことなのではないか、というのがこの科目の趣旨である(Gallagher, 2013, p.8)。



ビジネススクールとビジネス世界の隔たり

さて、2つ目の課題もなかなか面白かった。
ビジネススクールと実際のビジネス世界との隔たりが
大きくなっているという学術論文を読んで、批判的な分析をしなさいというもの。

ビジネススクールに良かれと思って来ている生徒たちに、
「ビジネススクールは実はビジネス実践に役立っていない」という記事を読んで、
それを分析しろというのだから、苦笑いするしかない。

記事によると…

19世紀後半、医師、エンジニア、弁護士などと同じように、
経営者としての特殊技術を教えるために、
アメリカ発祥でビジネススクールは発展してきたらしいが、
1950年代にフォード財団、カーネギー財団という2大教育資金供給先が、
もっと科学的根拠をもとにしたリサーチに力を入れなさいと政策的圧力がかけられ、
現在のリサーチに特化した学術論文を評価するアカデミズムが
出来上がってきたという話(Dostaler & Tomberlin, 2013)。

今のアカデミズムは、有名な学術誌に掲載されて、
どれだけ他の学者からその論文を引用されたかによって評価されるようになっている。
「教授」としての職も、アカデミズムでどれだけ科学的リサーチに長けているか、
どれだけ論文が評価されているかで決めているため、
実際のビジネス世界で経験を積んだことのない教授が多くなっているとのこと。

ビジネス世界の経験やコネのない学者たちが、
マーケターや公共調査のデータなどの2次データを基に
ごく一部の人間しか関心をもたないトピックで論文を掲載している。

ウルフとロゼンバーグ(2012)によれば、
いくつかの有名な学術誌に載せられた論文で取り上げられている理論のなかで、
たったの15.54%しか実際に経営者たちが影響を与えられるような内容を取り上げてなかった
という統計も出ている。

さらに、その有名な学術誌に載せるかどうかの判断をするのも、
その道で名の知られた学者たちが決めるので、実際のビジネス世界からどんどんと
アカデミズムが遠ざかっているというのである。

逆に、今のリサーチ主義、理論優先の考え方を支持する議論もある。

過去のノーベル賞受賞者などをみてみると、
最初から実践的な世界で使われる理論として評価されておらず、
認識されるまでに時間がかかるものだから、即実践利用での効用を考えてしまうと
研究の幅が制限されて、それこそビジネス世界で広く使える理論が構築できなくなるというのが
彼らの議論である(Hitt & Greer, 2012)。

ここから何が学べるのか?

後世に残るような素晴らしい理論の研究をしていれば、
今日の問題に挑戦をしようとしている
私たちMBA学生を無視してもいいのか?

それは、否である。

純粋な科学的探究ももちろん必要だが、実践で対応できる経営者を育てるのも
ビジネススクールの役目である。
ビジネススクール内部でもこのような、アカデミズム偏重のシステムに批判的な人びとも出て、
ビジネス世界からの講師割合を増やしたり、ケーススタディーに力を入れたりと
努力しているところも出ている。

そういう意味では、私の通っているシドニー・ビジネススクールも
こうやって、自己批判的な内容に触れる機会を与えられて、
アカデミズムの古いしきたりなどを少しでも変えていこうという試みは素晴らしいとおもう。

何でもそうだが、いいことばかり並びたてて、
ネガティブなものはひたすら無視するか、隠していると
必ずあとでそのしっぺ返しが来るのが世の常ではないだろうか。

弱点を知ってこそ、本当の問題解決に近づいていく。
確かに、リサーチ主義と理論ばかりで、実践ではどうなの?
と思うところも授業ではたくさん出てくる。

しかしそこでビジネススクールのせいにするか、
または、自分自身の転換可能な技能(transferable skills)として、
ビジネス世界とどうつなげるかを考えるかで、同じ内容でも遥かな差がついてくる。

学ぶための学び。MBAでここに気づかない学生は、
学んでも「無駄」である。


引用

Dostaler, I & Tomberlin, TJ (2013), 'The Great Divide Between Business School Research and Business Practice', The Canadian Journal of Higher Education, vol. 43, no. 1, pp. 115-128. Available from: ProQuest Central. 

Gallagher, K (2013), Skills development for business and management students: study and employability, Oxford University Press, Oxford.

Hitt, MA & Greer, CR (2012), 'The Value of Research and Its Evaluation in Business Schools: Killing the Goose That Laid the Golden Egg?', Journal of Management Inquiry, vol. 21, no. 2, pp. 236-240. 

Jones, GR (2007), Organizational theory, design, and change, Pearson Prentice Hall, Upper Saddle River, NJ. 

Wolf, J & Rosenberg, T (2012), 'How Individual Scholars Can Reduce the Rigor-Relevance Gap in Management Research', Business Research, vol. 5, no. 2, pp. 178-196,128. Available from: ProQuest Central. 


2014年8月12日火曜日

嗚呼、麗しのプラマーよ!ありがとう!!




Take your time.

                           C_TONOKI



テレビ番組も予定通りじゃないの?


「あれっ、おっかしいなぁ、今日ドラマのホワイト・カラーて7時半からだよね?」

「番組表にはそう書いてあるけどー」と妻。

そうこうしているうちに7時37分くらいから、お目当てのドラマが始まる。

「テレビ番組まで遅れるんかね…」とふたりで苦笑い。
どうもオーストラリアでは、「時間通り」の定義が私たち日本人と微妙に違うようだ。

妻に言わせれば、「約束したことは、なんとなーく…ちゃんと進んでいくんだよ」
なのだそうだ。



思い出したかのようにやってくる業者たち


確かにそうかもしれない。

アパートに入居し始めたころ、バスルームのドアが閉まらなかったり、
存在するすべての蛇口が閉まらなくてポタポタ水滴がうるさかったので
早速不動産屋に直してくれと言ったところ

1週間経って、そろそろ催促の連絡をしなければと思っていたころに
「明日ドアを直しに行くから」と修繕大工から連絡が来た。


おそらく日本でなら、リフォーム会社のコーディネーターが状況を確認しに来て
どのような職種が必要かを確認、その後、それぞれの職方に日程の調整をして
特に住んでいる家やアパートのリフォームは、住人に不便をかけるので
なるべく一日で済ませるように準備をする。

私も建築に関しては素人ではないので、1日でできるだろうとたかを括っていた。


翌日、若い修繕大工が来て、昼過ぎまでかけてドアの不具合を直してくれた。

「蛇口の漏れは、見てくれないの?」

こちらのシステムのことは全く分からないので尋ねると

「僕は、Repair carpenterだから、水道のことは不動産屋に聴いてみてね!」

と言われ、彼はドアを削った鉋屑だらけのバスルームを、掃き掃除だけして帰って行った。
残りを綺麗にするのに30分かかった。


やっと直してくれると思いきや…

その後不動産屋に蛇口の漏れのことを聴いてみようと思っていたころに
プラマー(水道屋)から連絡があった。

三日後に来てくれるとのこと。
安心して、その日を待った。

アポの日当日。
大柄な男のプラマーがツールボックス片手にやってきた。

昼前にやってきて、何処が漏っているのか見せてくれというので
台所、バスルームの洗面、バスタブの蛇口へ連れていく。

は~これでやっと蛇口の水滴音に煩わされずに済むな、と思って
リビングで自分の作業をしていたところ、ガッシャーンとバスタブにモノが落ちる音。

(なんだか粗いな)

大柄のプラマーがバスルームから出てきて、
道具を取りに行くからと部屋を出て行った。
その隙にバスルームを見に行くと…

水もお湯も止まらないらしく、水栓ハンドルが外されたまま、あちらこちらに
プラマーの汚い足跡と油を触った手でバスタブには黒い手形がついている。
結局この日は、水栓自体に問題があるということで後日取替えることになった。

もちろん足跡もバスタブの手形もそのまま。
プラマーが帰ってから綺麗にするのに30分かかった。




別のプラマー君がやってくるも…

約一週間後、今度は、ブロンド短髪で細身男のプラマーがやってきた。
朝の7時半。こちらの建設業者の「朝一番」はこの時間らしい。

「すみませんが、トイレ借ります」

開口一番、朝一の大仕事は、「大便」か!?(食事中の方、申し訳ありません)
普通リフォームの現場では、お客様に遠慮して事前に済ませてくる。

もちろん心の広いジェントルマンなので、「どうぞ」と言ったが、ちょっと不安がよぎる。
朝一番の「大仕事」が終わると作業にとりかかるが、30分もしないうちに
道具を取りに部屋を出ると言う。セキュリティキーは信頼できないので渡さなかった。

アパートは3階で、セキュリティキーがなければ、外には門があって建物の中に入れない。
キーがない場合、呼び鈴を鳴らしてもらい、こちらでロック解除してあげればよい。
建物の外に道具を取りに行くのはせいぜい1、2回位だろうと思っていた。

私も現場勤務の頃、アパートのリフォームでは、
モノを取りに行く回数を最小限にすることが効率よい仕事をするための
必要条件だとすぐに学んだ。

しかし、このプラマーときたら、10分ぐらい現場で仕事すると、すぐ外へ出て、
また建物に入るために呼び鈴を鳴らす。

5分現場、10分外。10分現場、20分外。現場と外の割合は、どう考えても1:2。
外のほうが多い。一度は、30分ぐらい出たっきりで帰って来ないので、
何か事故にでもあったのかと心配になったくらいである。

バスルームのなかは、大変なことになっていた。
バスタブのある外壁に面した水栓がタイルとともに取り除かれ
構造のブロックがむき出しに削られている。
水栓金具だけではなく、配管自体が古くてうまく水が止まらなかったらしい。

「剥がしたタイルは、タイル屋さんがあとで来るのかい?」

おそるおそるプラマーに聴いてみる。

「いや、6枚くらいだから、僕が張り替えて、完璧に戻して帰るつもりだよ!」

この答えを聴いた時には、もう午後2時半を過ぎていた。

(無理でしょ!)

今日一日で終わるはずがない…心のなかでため息をつきながら、リビングへ戻った。

暫くして、午後3時を過ぎる頃、案の定彼がやってきて、あと2件今日中に行かなければ
ならない仕事があるので、また別の日に来させてくれとのこと。
週末だったので、次の予定日は、週明けの火曜日になった。




プラマー君再び来たる!


待ちに待った火曜日。直し始めてから既に2週間が過ぎている。
午前7時半に例のブラマーボーイが呼び鈴を鳴らす。
部屋に来て、開口一番、恒例の「大・仕事」がしたいと。

(またか!?)

今日で終わるはずだからと、仕方なくOKと言った。
そしてまた現場→車→現場→車→現場のループが始まったのだが、ラストスパートがすごかった。
バスタブのタイルを張り替え、水栓を取り付けると、次に洗面のハンドルを取替え、
最後に台所のパッキンを取替えてくれた。昼過ぎにすべて完了。

なんとか終わってホッとした。

あとから知り合いに聴いた話では、プラマーに修理をお願いしたら
バスタブをはずされて、挙句の果てに元通りに戻せないと手を上げられたらしいから
それに比べたら、まずまずといったところだろうか。

自分でカネを出すなら文句を言いたいところだが、不動産屋の修理だから
まぁこんなものかと諦めた。


正直、タイルを壊す音や、何十回も呼び鈴を鳴らされるのもうんざりしていたので
蛇口の水滴の音などどうでもよくなっていた。

会社から帰ってきて妻に一部始終を話した後
水滴音のない、久しぶりの静けさのなかでベッドについた。
ウトウトとし始めたころ・・・

ジュルル!

と今まで聞いたことがない音がバスルーム方面からしてくる。
ん?まさかと思いドアを開けて、バスタブと洗面の水栓を眺めてみる。
前のようにポタ、ポタと漏っている形跡はない。
気のせいかと思い、ベッドに戻ろうとしたその瞬間!!

ジュル!

まさに取替えたばかりの洗面の蛇口から
今度は、大粒の水が徐々に耐え切れなくなって漏れてくる音だった!?

なんと!「麗しの」プラマーは
蛇口から漏れる
水の音(ね)を
「ポタポタ」から「ジュルル」へと
見事に変えて
みせたのである!

OMG!!(オーマイゴッド!)

・・・




今では、ジュルルという水滴音も
プラマーが繰り出す騒音とストレスに比べれば
子守唄のように思えてくる。

このことがあってから、私たち夫婦は、多少のイレギュラーな出来事があっても
あまり驚かなくなった。

「まぁこんなものか…」と思ってなければ、やってられない。
あらためて日本の皆さんの「仕事キッチリ」ぶりに気づかされた。
何事もクレームばかり言ってないで、
普段当たり前と思っていることにもっと感謝しなければならない。