2014年10月17日金曜日

エンロン事件とイリジウム社の破たん


エンロン社の粉飾決算

1985年にテキサス州ヒューストンの
天然ガスのパプライン供給会社として2社合併で設立したエンロンは、
その後ガス以外の電力やエネルギー関連のファイナンスを含む
あらゆるビジネスに裾野を広げ、1990年代には、アメリカで7番目の大企業となっていた。

2001年12月に粉飾決算による負債が明らかになり、
一瞬にして20億ドルと2万1千人もの社員の退職金と年金ファンドのほとんどが消えてなくなってしまう。
(ドキュメンタリー:Enron–The Smartest Guys in the Roomより)



当時、政府によってエネルギー分野の規制緩和が進み、
その波に乗ってアメリカ全土に市場を拡大したのだが、
この成功は戦略的成功というより、トップの意思決定がたまたま世の流れにマッチしただけで
その後の破たんは、中身をあけてみれば、必然と言わざるを得ない。

トップの重役、特に最高執行責任者(COO)のジェフ・スキリングや
最高財務責任者(CFO)のアンドリュー・ファストウが、
あらゆるネガティブな情報を無視するか、もみ消すかすることで、
投資家や顧客、サプライヤーや社員たちをだましながら
自分たちの私利私欲、ステイタスを守ろうとしていたところに原因がある。

トップマネジメントの失態

スキリングは、ペーパーワークが嫌いだったらしく、
プロジェクトの承認も口頭で行われることが多かった。
事業の詳細に無関心で、とにかく高収益さえ出せばそれでよかったそうだ。
社員に対するマネジメントも、完全なる成果主義を唱えて
ランク付けし、下位10%の社員は無条件で排除されるというハイプレッシャーな
環境をつくりだした。

権限移譲、成果主義、利益崇拝の企業文化が
グッドニュースをでっち上げる状況を作り出し、
倫理観のかけらもない重役たちによって、
会計監査会社をも巻き込んだ歴史上最悪の茶番劇に発展する。

「いい話しか聴きたくない」という重役に
誰が自分のリスクを負ってまで正直に伝えようと思うだろうか。
ただでさえ、ネガティブな情報を上に伝えるのは至難な業なのに
最初から無視してるなら、伝わりようがない。

笑えるのは、最高財務責任者(CFO)のもとで働いていた
ワトキンスがCEOケン・レイに粉飾を密告するのだが、
密告をうけたCEOは、その内容をあまり重要視せず、
逆に密告したワトキンスをどうしたら解雇できるかを
顧問弁護士に相談していたらしい(Seeger & Ulmer 2003)。

トップ・マネジメントが意思決定を行う場合に
いかに入ってくる情報が少ないか、
また、人びとの思惑によってゆがめられるかの
究極の事例がエンロンといえる。


モトローラ社のイリジウム


1985年、モトローラ社のあるエンジニアの妻が、旅行中に携帯が繋がらなくて
顧客と話ができなかったとの不満がきっかけで、
衛星通信携帯電話「イリジウム」計画が始まる。

その後、モトローラ社を中心にイリジウム計画に投資する会社との
合資会社イリジウム社が1991年に設立。

1998年に「衛星通信携帯イリジウム」が発売されるが、
当初の予想契約者数50万人に反して、1万人しか集まらず、
一年で20億ドルの負債を抱え、経営破たん。

原因は、計画が始まった12年前に比べ
携帯電話の通信可能範囲が格段に広がったこと。

イリジウム社が見込んでいた世界を飛びまわる重役たちの市場が著しく縮小。
登山家や冒険家など、ほとんど人が行くことのない地域でしか利用価値がなくなってしまった。

なぜ、開発の途中で市場の客観的な評価ができなかったのか?
イリジウムを販売する直前の1998年に書かれた事業計画趣意書には
25ページに渡ってあらゆるリスクが挙げられていた(Finkelstein & Sanford 2000)。



Escalation of Commitment(立場固定バイアス)

1996年、イリジウム社CEOに就任したスタイノは、モトローラ社出身で、
11年間にこの計画に費やした開発費のこともよく知っていた。
既に投資した費用のことをsunk cost(埋没費用)という。
なぜ「埋没」かというと、過去の費用はもう取り戻すことができない費用だからだ。

この取り戻すことのできない「埋没費用」が大きければ大きいほど人はその費用に執着し、
たとえ失敗に終わる計画であっても、今までこれだけ投資したのだからと、
更に投資して、「埋没費用」を取り戻そうと試みる。

これを「escalation of commitment(立場固定)」という(Gunia & Galinsky 2009)。

イリジウム社のトップは、これ以上はリスクが高すぎるという情報より
過去の「埋没費用」のほうを評価していた。
だが、これまで費やしたコストの量が、未来の成功を約束してくれるわけではない。
失ったものを取り戻そうという視点は捨てて、
今の現状とこれからのリスクを正しく評価するべきだった。


トップマネジメントの意思決定における罠

今回、Managing People in Organisationsという科目で
トップマネジメントの意思決定についてリサーチした。

エンロンとイリジウムの事例は、極端でわかりやすい。

特に感じたのは、トップが得る情報の希少性である。
希少な情報からどうすれば曇りのない目で、
不確実な未来の意思決定を行うことができるのか。

希少な情報の上に、人間としての誤認識の可能性がいくつも挙げられる。
そんななかで、ロジカルに意思決定するに・・・、

①アウトサイダーの視点:部外者を入れるか、部外者として内部を見ること。
②反論者の視点:批判的な視点で、自分の考えを反論してみること。

この二つは特に重要だと思う (Bazerman & Moore 2012)。

また、エンロンのように権力と私欲だけでは、
持続可能なビジネスは行えないということだとおもう。
他人に対する行動は、自分に向かって行っていることでもある。






参考文献

Bazerman, M & Moore, DA (2012), Judgment in managerial decision making, 8th edn, VitalSource Bookshelf,Wiley & Sons, Australia,  Available from: <http://au.wiley.com/WileyCDA/WileyTitle/productCd-EHEP002487.html>.

Finkelstein, S & Sanford, SH (2000), 'Learning From Corporate Mistakes: The Rise and Fall of Iridium', Organizational Dynamics, vol. 29, no. 2, pp. 138-148. Available from: heh. 

Gunia, BC, Sivanathan, N & Galinsky, AD (2009), 'Vicarious entrapment: Your sunk costs, my escalation of commitment', Journal of Experimental Social Psychology, vol. 45, no. 6, pp. 1238-1244. 

Seeger, MW & Ulmer, RR (2003), 'Explaining Enron', Management Communication Quarterly : McQ, vol. 17, no. 1, p. 58. Available from: ProQuest Central. 






2014年10月7日火曜日

MBAは無駄か?


Managing for Success

私の取っている科目のなかに"Managing for Success"というのがある。
最初は、なんだかカッコつけたタイトルだなと思っていたが
この科目をMBAの最初の学期にやっている意味が、最近になってわかってきた。

ここで何をやるかというと・・・
「MBAがあなたにとって本当に意味があるのかどうかよーく考えなさい!」ということ。
MBAで何を学んで、その学んだことを実際のビジネスでどう活かしていくかを学ぶ。
言い換えれば、MBAで学ぶための学びをする場である。

学びのための学び

学びのための学びとは、具体的にどういうことかというと
例えば、はじめの課題は、自分のゴール設定をしなさいというもの。
ゴールってそもそも何か?どうやったら達成できる確率があがるのか?
なぜ設定するのか?

社会心理学や脳科学の理論を借りながら、実際に自分のゴール設定に適用してみる。
ゴールの設定の仕方なんてわざわざ習わなくても知っているよ、と思われるかもしれない。
ゴール設定の仕方を知っていても、なぜ失敗をするのかを知っている人は少ない。

人は皆、今までの経験から、
「これをやれば成功する、今までもそうだったのだから。」と結論付ける(Jones, 2007, p.350)。
成功し続けると、逆に何が本当に成功につながっているのかの反省をしないまま、
行動が習慣化して、いざ状況が変化して、その変化に行動が対応できなくなってきた時に初めて、
自分の行動が原因だと気付く。過去の成功にしがみついていると、
気づいたときには、取り返しのつかないことになっていることが多い。
多くのビジネスが、このような思い込みで営業不振へと追いやられている(Jones, 2007, p.350)。

Transferable Skillsとは?

ゴール設定の課題ひとつとっても、
ビジネスに限らず、日常生活でも、人生のゴールを考えるうえでも共通する内容である。
何か目標を設定してそれに向かうときに、地図と羅針盤(理論と方法論)があるのと、
直観で対応するのとでは違いがでる。

また、どれだけハイテクな地図と羅針盤(理論と方法論)をもっていても、
自分の弱点は何かをよく理解してなければ、それらの技術を有効には使えない。
これから特に複雑なビジネス世界で渡り歩いていくために必要のは、特殊な理論を学ぶ前に、
どんな仕事でも共通して通用するような、転換可能な技能(transferable skills)を学ぶことなのではないか、というのがこの科目の趣旨である(Gallagher, 2013, p.8)。



ビジネススクールとビジネス世界の隔たり

さて、2つ目の課題もなかなか面白かった。
ビジネススクールと実際のビジネス世界との隔たりが
大きくなっているという学術論文を読んで、批判的な分析をしなさいというもの。

ビジネススクールに良かれと思って来ている生徒たちに、
「ビジネススクールは実はビジネス実践に役立っていない」という記事を読んで、
それを分析しろというのだから、苦笑いするしかない。

記事によると…

19世紀後半、医師、エンジニア、弁護士などと同じように、
経営者としての特殊技術を教えるために、
アメリカ発祥でビジネススクールは発展してきたらしいが、
1950年代にフォード財団、カーネギー財団という2大教育資金供給先が、
もっと科学的根拠をもとにしたリサーチに力を入れなさいと政策的圧力がかけられ、
現在のリサーチに特化した学術論文を評価するアカデミズムが
出来上がってきたという話(Dostaler & Tomberlin, 2013)。

今のアカデミズムは、有名な学術誌に掲載されて、
どれだけ他の学者からその論文を引用されたかによって評価されるようになっている。
「教授」としての職も、アカデミズムでどれだけ科学的リサーチに長けているか、
どれだけ論文が評価されているかで決めているため、
実際のビジネス世界で経験を積んだことのない教授が多くなっているとのこと。

ビジネス世界の経験やコネのない学者たちが、
マーケターや公共調査のデータなどの2次データを基に
ごく一部の人間しか関心をもたないトピックで論文を掲載している。

ウルフとロゼンバーグ(2012)によれば、
いくつかの有名な学術誌に載せられた論文で取り上げられている理論のなかで、
たったの15.54%しか実際に経営者たちが影響を与えられるような内容を取り上げてなかった
という統計も出ている。

さらに、その有名な学術誌に載せるかどうかの判断をするのも、
その道で名の知られた学者たちが決めるので、実際のビジネス世界からどんどんと
アカデミズムが遠ざかっているというのである。

逆に、今のリサーチ主義、理論優先の考え方を支持する議論もある。

過去のノーベル賞受賞者などをみてみると、
最初から実践的な世界で使われる理論として評価されておらず、
認識されるまでに時間がかかるものだから、即実践利用での効用を考えてしまうと
研究の幅が制限されて、それこそビジネス世界で広く使える理論が構築できなくなるというのが
彼らの議論である(Hitt & Greer, 2012)。

ここから何が学べるのか?

後世に残るような素晴らしい理論の研究をしていれば、
今日の問題に挑戦をしようとしている
私たちMBA学生を無視してもいいのか?

それは、否である。

純粋な科学的探究ももちろん必要だが、実践で対応できる経営者を育てるのも
ビジネススクールの役目である。
ビジネススクール内部でもこのような、アカデミズム偏重のシステムに批判的な人びとも出て、
ビジネス世界からの講師割合を増やしたり、ケーススタディーに力を入れたりと
努力しているところも出ている。

そういう意味では、私の通っているシドニー・ビジネススクールも
こうやって、自己批判的な内容に触れる機会を与えられて、
アカデミズムの古いしきたりなどを少しでも変えていこうという試みは素晴らしいとおもう。

何でもそうだが、いいことばかり並びたてて、
ネガティブなものはひたすら無視するか、隠していると
必ずあとでそのしっぺ返しが来るのが世の常ではないだろうか。

弱点を知ってこそ、本当の問題解決に近づいていく。
確かに、リサーチ主義と理論ばかりで、実践ではどうなの?
と思うところも授業ではたくさん出てくる。

しかしそこでビジネススクールのせいにするか、
または、自分自身の転換可能な技能(transferable skills)として、
ビジネス世界とどうつなげるかを考えるかで、同じ内容でも遥かな差がついてくる。

学ぶための学び。MBAでここに気づかない学生は、
学んでも「無駄」である。


引用

Dostaler, I & Tomberlin, TJ (2013), 'The Great Divide Between Business School Research and Business Practice', The Canadian Journal of Higher Education, vol. 43, no. 1, pp. 115-128. Available from: ProQuest Central. 

Gallagher, K (2013), Skills development for business and management students: study and employability, Oxford University Press, Oxford.

Hitt, MA & Greer, CR (2012), 'The Value of Research and Its Evaluation in Business Schools: Killing the Goose That Laid the Golden Egg?', Journal of Management Inquiry, vol. 21, no. 2, pp. 236-240. 

Jones, GR (2007), Organizational theory, design, and change, Pearson Prentice Hall, Upper Saddle River, NJ. 

Wolf, J & Rosenberg, T (2012), 'How Individual Scholars Can Reduce the Rigor-Relevance Gap in Management Research', Business Research, vol. 5, no. 2, pp. 178-196,128. Available from: ProQuest Central.