2014年12月19日金曜日

シドニー人質立てこもり事件から学べること


いつもどうりの月曜日のはずが…


ちょうど今日(2014年12月19日)から五日前、
私の通う学校から歩いて10分くらいの場所のカフェで
銃を持った犯人が人質をとって立てこもるという想像を絶する事件が起きてしまった。

犠牲になった何の罪もないお二人のことを思うと
耐え難い気持ちでいっぱいである。

16時間に及ぶ立てこもりの終わりは、
犯人の人質への発砲に対して行われた警察の銃よる制圧だった。

犯人に撃たれて亡くなられたカフェ・マネージャーのジョンソンさんは、
他の人質たちを逃がそうと犯人と取っ組み合いなり撃たれてしまったそうだ。

もう一人の法廷弁護士で3人の子どもの母親でもあるドーソンさんは、
妊娠中の友人を庇おうとして犯人に撃たれてしまったらしい。

お二人の勇気ある行動に敬意の念を抱くとともに
彼らの死を悼まずにはいられない。

日本でも報道され、家族からも安否の確認もあったが、
私たちが事件に巻き込まれる可能性もあったわけで、
たまたま人質として居合わせてしまった人たちのことを考えると
さぞ恐かっただろうと想像する。


精神異常の単独者による犯行ということだが・・・

今回の事件は過去に元妻の殺人ほう助の容疑など、
犯罪歴のあるイラン移民による単独犯行で、
イスラムの過激思想とテロリズムを利用して、
自分の行動に世界の注目をあつめようという自己中心的な動機が主であり、
組織的な犯罪ではなかった。

だが、犯人の要求は次のように、宗教的対立を含む政治的な内容だった。

1)「イスラム国」の旗を持ってくること
2)過激派組織の攻撃をうけていると報道すること
3)首相から直接連絡をしてくること

要求の内容が、オーストラリア社会に対する個人的な不満から来ている内容なら
犯人がどのような過程を経てこのような行動に至ったのかを考えるだけにとどまったのだろうが、

「イスラム国」と関連付けたことで、
今回の恐怖がオーストラリアに住むイスラム教徒のコミュニティー対してまで広がってしまった。

今年9月に「イスラム国」に関係したテロの計画が、警察の捜査などで明らかになり、
イスラム系コミュニティに対する不信感から、イスラム系住民に対する嫌がらせなど
一部の人々が持っているイスラムに対する嫌悪が表面化しているなかで起きた事件だったので、

サイドエフェクトとして、イスラム系住民も同じ恐怖感を周囲で感じていたようだ。


ツイッターで多くの支持を受けた「アイル ライド ウィズ ユー」

ツイッターで爆発的にリツイートされたのが、ハッシュタグ「#illridewithyou」だ。

発端になったストーリーは・・・

ブリスベンのレイチェル・ジェイコブさんが、
電車で隣に座ったイスラム教徒の女性が
駅を降りる前に静かにヒジャーブ(イスラム教徒の顔を隠すベール)を外すのを見たので、
ジェイコブさんは、たまらず駅を降りて彼女を追いかけて行き、

「それ、戻して付け直してください。私一緒に歩きますから。」

と言ったそうだ。

相手の女性は目に涙を浮かべてハグをしたあと、
ひとりで歩いて去っていったという話。

Facebookでこの話を友達にシェアしたのがきっかけで
そのあと多くの人がこのストーリーをツイッター上でシェアし、

オーストラリアは、これからも多民族多文化の国で、違いを尊重し、受け入れられる、
寛容で、フレンドリーな社会になるんだ、という意思の表明など多くの共感者を惹きつけた。


誰が組織や社会を変えていくのか?

今回の事件で思い出したのが、
社会や組織がどのように変革するのかを書いた
ピーター・センゲの「Presense(邦題:出現する未来)」のなかのストーリーだ。















ドイツのフランクフルト北部の行政ヘルスケアプロジェクトとして、
医師たち有志が、現状の対処療法的な対応に疑問を抱き、
町全体の医師-患者間の関係についてのインタビューをおこなう。

そこで浮き彫りになったのが、次の四つのレベルだった。

レベル1:対処療法

医師:(メカニックのように)壊れたところを治す人  ⇔ 患者:治される人

【レベル2:行動を正す】

医師:患者の行動を変える人(煙草を吸うな!など)⇔ 患者:原因となる行動を直される人

【レベル3:原因やその関係性を探る】

医師:なぜそうなったのか?を問いかける(コーチ的)⇔ 患者:原因を自分で分析する

【レベル4:全体性に目を向ける】

医師:自分の役割は、目の前の病気を治すだけなのか?
   ギブだけで、テイクはないの?(豊かな人と人との関係など)

患者:医師にかかるのは、病気になった時だけか?
   医師との関係をもっと緊密に保つためにできることが他にはないのか?
   テイクだけで、ギブは?


有志の医師団とインタビューに協力した市民たちにも今回の結果を見てもらい、
今、現状で行われているヘルスケアはどのレベルかを投票してもらったところ
レベル1と2がほとんどだった。

そこで、実際にそれぞれが望むレベルは、どのレベルかを投票してもらったところ、
レベル3と4が圧倒的に多かった。

そこから、どうしたらレベル1からレベル4へシフトできるかの対話が、
医師とそれをとりまく行政、市民たちのあいだで始まり、

それがきっかけで市民たちによる各地域の救急センター設置や、
医師にかかるまでもない病状のときに相談できる窓口の新設など
患者-医師間の枠組みを超えたコミュニティ全体のシステムとして
お互いがお互いにWin-Winとなる新しい関係性を創造することができたという話だ。


問題を他人事としてとらえない視点

レベル1からレベル4までの状況を概念的にまとめると次のようになる。





現在の世界をとりまく複雑なシステムとそのなかで起きている対立や問題を考えた時に、
自分自身を切り離して、問題の原因は、「彼らだ」と他人や他部署、他国、
他宗教などを非難の的に揚げるのは、簡単なことだが、
お互いがお互いの見える範囲の損得だけを考えて行動してるだけで、
根本的なシステム全体の解決には至っていない。

レベル1やレベル2のように出てきた問題と行動パターンに対処しているだけだ。



人質立てこもりの犯人が、なぜ移民として市民権を得られたのか?
なぜ、過去に犯罪歴があるのに銃を手に入れることができたのか?

事件終了後、政府のシステムに欠陥があったのではないかという懸念の声も出ているが、
ここで、原因となる行動や体制を変えるだけでは、
レベル2のパターン=旧体制からの部分的な改善までにしか至らないのではないか。
(例えば、銃を持たない社会にしたらどうだろうか?というところまで考えが至らない)


レベル3とレベル4まで到達するには、どうしたらいいだろうか。

一部の欠陥を組織(政府)や特定の人びとのせいにして非難するのではなく、
「なぜ」このようなことで「私たち」の命が奪われなければならないのか?
自分たちの外側にある「彼らの問題」としてではなく、
私たち一人ひとりが関りあって生じている現象としてとらえた時に
私たち一人ひとりにどのような選択肢とパワーがあるのか?と問う必要がある。

知る由もない向こう側の問題としてではなく、
自分が複雑なシステムに影響を及ぼしている一人として認識することで
コントロールできない「問題」が内側にある我々の見えなかった選択肢として現れてくる。

どのような構造でどのようなメンタリティが今の対立を生み出しているのかを
宗教、国、組織や文化を超えてお互いに対話を始めたときに、新しい未来が出現する。

ツイッターの I will ride with you のメッセージは、
新しい「未来」として「私たち」が示した一つの選択肢ではないか。

文化人類学者のマーガレット・ミードいわく

問題意識をもって深くものごとを考えれば、
たとえ少人数でも世界を変えられます。
その可能性を疑わないでください。
実際、これまで世界を変えたのはこのような人々の力だけです。

私も一つひとつの選択の可能性と力を信じたい、
と今回の事件を経て更に強く感じるようになった。



2014年12月2日火曜日

シルクドソレイユの「TOTEM」を観に行く!!


シルクドソレイユのシドニー公演

MBAグループワークのケーススタディで、
シルクドソレイユのクリエイティビティについてやってから
すっかりファンになってしまい、クラスメートとそのパートナーを含む6人で
『TOTEM』というショーを観に行って来た。

いい席は、100ドル以上するのだが、クラスメートのエディタが
学生割引を使って、ひとり79ドルの席を予約してくれた。

やっぱり百聞は一見に如かずで、ビジネスとして論文などで調べるのとは違って、
実際に観客として楽しんだほうが、何倍も得られる情報があるなと実感。



シアターか?サーカスか?

シルクドソレイユは、サーカスとシアター、ミュージカルを融合した
新しいエンターテイメントということで、まず気になるのは、観客の服装だ。

実は、行く直前に妻とのあいだで、フォーマルで行くか、カジュアルでもよいのかで論争が勃発。

「劇場シアターとの融合なんだから、フォーマルなんじゃないの?」と妻。
「いやーテントでやるんだから、オペラハウスに行くような恰好じゃなくても…」と私。

結局妻は、フォーマルウェアに身を包み、私はカジュアルに着こなして
ふたり合わせて「シアターとサーカス」のあいのこだねと笑いながら、
お互いの解釈を尊重して劇場テントへと向かうことにした。





シドニーのサーキュラーキー駅からバスで20分の
ムーアパークという公園の一部にテントが張られ
30分前には、観覧客でにぎわっていた。
11月の期末試験以来のクラスメートとの再会で、お互いの近況情報を交換。

テントに併設してバーのようなスペースがあり、
この辺は前回オペラハウスに行った時のバーのようなフォーマルな空間と似ているようだった。

服装はまちまちで、ラフな格好で来ている人もいれば、
お洒落をしてフォーマルな格好で来ている人もいた。

フォーマルでもカジュアルでもどちらでも良かったのだが、
夫婦で相反する恰好で来ているカップルはいなかったので、そこはちょっと反省。


テントのなかに入ると


時間が迫ってきたので、早速誘導係の指示にしたがって小さな入口を入る。

誘導係も皆丁寧な対応で、
「今日は来てくれて本当にありがとうございます」と言われて感動した。

日本のマニュアルチックな挨拶ではなくて、
本当に自分の仕事を楽しんでいるような挨拶だったからだ。

なかは撮影禁止なので写真はお見せできないが、入口の階段を上ると
ひな壇上の観客席が真ん中の直径10m位の円舞台を中心に
ほぼぐるりと設置されていた。

円舞台の後ろには海辺を連想させる花道のようなスペースがあった。
第一印象は、思ったより舞台が間近で小ぢんまりしているなという感じ。

「おーやっぱり観客席は、プラスチックじゃなくてレザー仕様だねー」

ケーススタディで調べた時に、
シアターのように豪華な観客席を設置していると書いてあったので
ひとりでそれを確認して盛り上がっていた。

コトバのない世界


時間になり、いよいよショーの始まり!

最初にカエルの衣装をまとったパフォーマーが
トランポリンや鉄棒のような構造物でアクロバット。

そのあとは類人猿が出てきたり、
アジアチックな衣装で一輪車の芸があったり、
ときには、未来人がでてきたり
現代にもどってイタリアなまりの変なオジサンがでてきたり
道化師が滑稽な芸をやったりと

パフォーマンス全体はとても複雑でなかなかコトバにすることができない。

今回の「トーテム」のテーマは、人類の進化と飛びたいという願望を描いた作品ということで
コトバでは表現できないものをパフォーマーの動きや音楽で十分に感じることができたとおもう。

コトバのないパフォーマンスなので
解釈も人それぞれだが、それでもなんとなく人間の根底にあるもの、
活力とかあくなき挑戦みたいなものに心動かされて
終わった後には、「人間てすごいなぁ」と満足感で満腹状態。

公演の2時間はあっという間で、
終わってみると来た当初、小ぢんまりしていると思った空間が
テントのなかにいるのを忘れるくらいのダイナミックなショーだった。



実際に観て学んだコト

ケーススタディでは、気づかなかったことが3つある。

一つ目は、音楽。

それぞれのショーに対して、オリジナル曲をつくっているのは知っていたが、
民族音楽のドラマーや歌姫まで生出演するとは知らなかった。
これが、ミュージカルとの融合かぁ
とあらためてシルクドソレイユの本物志向に脱帽。




二つ目は、テクノロジーとの融合。

ケーススタディでは、テクノロジーの話は出てこなかったが、
舞台の後ろにある花道が蛇のように出てきたり、そり上がって光を放ったり、
それぞれのシーンで演出に欠かせないアイテムになっていた。

また、ジャグラーのボールが七色に光るようになっていて、
色の演出も音楽やシーンに合わせてプログラムされているようだった。
小さな空間を意外と手の込んだテクノロジーが支えているんだなというのが観てみての感想。



やはり、ブルーオーシャン戦略でどんなに人が中心のイノベーションでも、
テクノロジーは切っても切れない要素なのか。

最後に・・・

3つ目は、フォーマルかカジュアルかで迷ったとしても、
私たちのように決してカップル別々の恰好(フォーマルvsカジュアル)では行かないことだ(笑)