2015年1月24日土曜日

EQ・こころの知能指数をはかるテスト!


たとえIQが高いとしても

1990年の10月23日
コーラル・スプリングス公立高校の物理の先生が
「B」の成績をつけたことに逆上した生徒に
学校の実験室にて肉切り包丁で刺されるという事件がおきる。
( New York Times 23 October 1990)

刺した生徒の名はジェイソン・ハフィズラ。
成績がオールAでなくなることで、ハーバード大メディカルスクールへの道が
断たれたと絶望し、このような行動に至ったらしい。

「B」を付けただけで刺されたポログルト先生は
幸い急所を外れて命拾いした。

その後、ジェイソンは逮捕され
最大禁固17年の刑で起訴されたが、
「自殺しようとしてもみ合いになった」として
当時、当人は精神に異常をきたしていて
責任を問えない状態だったということで不起訴。

その後、ジェイソンは精神病院で治療を受けた後、
2年後、別の私立高校に再入学し、念願のオールAをとり最優秀生徒として卒業。

その間一度もジェイソンからは、ポログルト先生に対して
刺したことを詫びる言葉はなかったそうだ。

狂乱状態にあったとはいえ、人を傷つけてしまったことに対して
刺された方の身になってみれば、「申し訳ない」の
一言ぐらい出てきそうなものだが、
この生徒は、Empathy=共感という感情を育まれてこなかったようだ。

IQの高さを証明するのに一生懸命で、
社会で円滑な人間関係を築くのに最も大切な感情、
相手の気持ちを想像する能力を忘れてきてしまったらしい。

Empathy(共感)の発達過程

相手の気持ちを感じる能力の発達は
生後8か月ぐらいから始まるそうだ。

目を合わせた時に自分の感情を相手が
受けとめているかどうかがわかってくると
自分の感情で相手に影響を与えることができることを学ぶ。

この時期に、親が子どもの感情の移り変わりに無関心だと
感情を表現しても何も起きないとあきらめてしまい、
徐々に感情表現をしなくなる。Empathyも育まれない。

その後親以外のまわりの環境によって
EmpathyなどのEI(Emotional Intelligence)は
いかようにも影響を受けて成長とともに変わっていくのだが、
ゴールマンによれば、感情を意識した教育は
発達過程の早い時期(特に0~10代)に行う方が効果はあるということだ。


Emotional Intelligence 2.0 

では、40のオジサンでも改善できるか?
「学び」に年齢制限はないので、Yes, We Can。


前回、ゴールマンによるEIは5つの性質に分けることができ、
これらの能力がビジネスでのリダーシップやパフォーマンスに
大きく影響しているとお話しした。

EQは仕事のパフォーマンスに約58%関係があり、
トップのパーフォーマ―の9割は、高いEQをもっているという統計がある。


今回はビジネスの世界で、または、日常生活のなかでの「学び」という観点から
4つのスキルとして提案しているブラッドベリーのモデルを紹介したい。
言葉が簡潔で覚えやすいので、英語で記したいとおもう。



まず、対自己としてのスキル

①Self-Awareness:

自分の感情の状態をどれだけ冷静に、正確に把握できるか。
         (Emotional Literacyともいう)

②Self-Management:

認識した感情を有効に活用することができるか。

そして、対他者のスキルとして

③Social Awareness:

他者の感情をどれだけ読み取れるか。

④Relationship Management:

自分の感情や他者の感情を認識しながら、うまくコミュニケーションができるか。


これら四つのスキルに分かれているが、
実際は状況によって相補完的に
関連しあって発揮される。

それぞれを意識することによって、40の私であっても訓練できるようになっている。

車の運転と同じで、最初はそれぞれの動作を確認しながらでないとできないが、
慣れてくれば、無意識の状態でも流れ作業のようにできるようになる。


EQテストを受けてみた

EIを鍛えるには、まず最初に自分の客観的な状況を知らなければならない。

EQを測るテストは、いろいろあるのだが、ブラッドベリーが
これら四つのスキルについて簡単なテストとe-learningのコンテンツを
提供しているので、こちらを受けてみることにした。

Emotional Intelligence Appraisal® 

こちらのEmotional Intelligence Appraisal®にて
20くらいの質問に答えるとスコアが出てくる。
お値段は、49ドル。

ウェブ上で自分の弱いスキルはどこか、
どのスキルからトレーニングを始めたらよいかなど
アドバイスが出てくるので、英語を勉強している方、
ビジネスで活用したい方は受けてみるとよい。

因みにわたしの点数は・・・

①Self-Awareness:自分の感情の状態をどれだけ冷静に、正確に把握できるか。
         (Emotional Literacyともいう)

69点/100点
→思ったより低かった。ときどきテンパーをなくすことがあるので、そこが改善点。こういうかたちで自分の弱みを客観視できると、人に言われるより受け入れやすい。

②Self-Management:認識した感情を有効に活用することができるか。

71点/100点
→①で認識できないと、こちらで活用できない。感情にハイジャックされないような戦略が必要か。

③Social Awareness:他者の感情をどれだけ読み取れるか。

83点/100点
→こちらは私の得意分野だと思う。小さいころから転勤が多かったせいか、まわりの雰囲気を読み取ることが自然と身についたのだろう。

④Relationship Management:自分の感情や他者の感情を認識しながら、コミュニケーション   ができるか。

65点/100点
→新しい関係をつくるのは得意だが、それを維持することが得意ではないので、このような低い点数になってしまったのだと思う。たまに「冷たい」といわれてしまうことも。努力しているつもりだったが、まだ自分の気づいていない部分がありそうなので、意識していきたい。

80点以上が高いレベルで、これらの点数とともに、どこをまず意識して取り組んだらよいかの
アドバイスがレポートとして出てくる。

私の場合は、④のRelationship Managementを強化しましょう、ということだった。

自分のアカウント内にそれぞれの項目ごとに映画のシーンから切り取った場面が閲覧できるようになっていて、時間がある時にそれを観ながらe-learningできるようになっている。

トレーニング後に再テストできるようになっているので
半年後に再テストする予定である。



次回は、それぞれ四つの分野で、どんなトレーニングをするのか
少しご紹介したいと思う。


参照文献

Bradberry, T & Greaves, J (2009), Emotional Intelligence 2.0, TalentSmart. 

Goleman, D (1996), Emotional intelligence: Why it can matter more than IQ, Bloomsbury London. 

2015年1月22日木曜日

夫婦で夏休みのパース旅行へ!!


オーストラリアは夏!(1月現在)

オーストラリアは、日本の四季と真逆なので
12月から1月は、夏に入る。

私の学校もTrimester3という三学期が終わると、夏休みに入る。
11月の初旬に期末テストを受けたら終わりなので、実質2カ月以上が夏休み。


シドニービジネススクールは、2月からのTrimester 1か、
8月のTrimester 3からしか入学できないので、
効率よく1年間で終わらせたいなら、
2月入学を目指すことをおススメする。

私の場合は、妻の転勤の日程でシドニーに来たので、
8月からのT3入学組だ。

クラスメートたちもそれぞれ祖国に帰る人、さらに海外に行く人、
アルバイトで稼ぐ人とまちまちである。

オーストラリアの夏休み

なんだかMBA留学関連の本やブログを拝見すると、
入学と同時に就職活動を始めている方が多いようだが、
私は休職組なので、就職活動も必要なし。

ちょうどクリスマスから年末年始にかけて、オージーたちは
2~3週間の夏休暇をとって旅行などリフレッシュする時間に
充てるようだ。妻によるとクリスマス前くらいになると
ビジネスがほとんど動かないらしい。

「バケーションにはいるから、来年ね。」といわれるそうだ。

日本で2週間も仕事から離れると、帰ってきて仕事の山が待っているか、
まわりから冷たい目でみられるかだ。

仕事から離れてみて、あらためて感じるのは日本人は仕事のし過ぎだということ。
「学び」についていくつか書かせてもらったが、
仕事からは、人生で可能な学びのほんの一部分しか得られない。

「学び」がないと新しいアイデアが浮かんだり創造的活動ができなくなる。
新しいビジネスのアイデアが浮かぶ場所としても
旅先が上位に入ってくるように、日常のテンションから解放されることは
人生にとっても「仕事」にとってもともにプラスになるはずだ。


オージーに倣え


「そういうことなら、オージーにならって我々も」ということになり
妻の休暇に合わせて、パースへ行くことにした。それでも予算の関係で
何週間も行けないので、土日をはんさんだ5日間だけ。

パースは、私たちの住むシドニーから西へ大陸を横断して約4,000kmのところにあって
Western Australia州の州都である。




日本列島を北海道から横断してさらに沖縄まで行っても
3,500㎞ぐらいにしかならないので、
オーストラリアの端から端がいかに遠いかがわかる。
ちなみに時差は、3時間。

妻の話によると、パースの人たちは、
東部の私たちがいるシドニーやブリスベンなどの人たちがビジネスで行くと
どうしているかこちら(東部)の様子を聞きたがるらしい。

オーストラリアでもなんとなく隔離されてる感があるパース。
日本では、立派なリゾート地として有名だが、シドニーに住む者としては
The other side of Australia(もう一方のオーストラリア)ということで
行ってみたくなったとという訳。



夏のパースは暑い。「暑いだけだよ。」とまわりからは不評だったが
その分飛行機や宿泊代がお手頃価格だったので、いろいろ迷ったが決行。
結果的に今までの旅のなかでも、1、2番に入るくらい良かった!!



1日目:アート・ミュージアムを見学


午前10時からのフライトで、5時間でパース時間の12時すぎに到着。

宿泊先のアンバサダーホテルは、パンパシフィックホテルの近くにあって
かなり古いホテルなのだが、日本人のスタッフもいて、一泊120ドル(二人)
でツインは、お買い得だったとおもう。
内装も古いが、それでも部屋は広いし清潔で充分満足。

パースは、鉱山資源が豊富で州政府の資金も潤沢ということで
市内にはキャットバスという無料のバスが走っている。
これに乗り、私たちのホテルのあるスワン川沿いの地域からパース駅の北側へ向かうと
州図書館、美術館、博物館が並んで建っている。

こちらの美術館、博物館は両方とも無料。
今回はアボリジナルアートを観たかったので、美術館へ行って来た。




2日目:ピナクルスツアーに参加


パースから北へ約250kmのところにある石灰岩塔が林立する景観で有名なのがピナクルス。

ツアーに参加すると、あっちこっちせわしなくまわるので、普段は参加しないのだが、
カーレンタルしたとしても日帰りはきついので、バスツアーに参加することにした。
(値段は210ドル/人とちょっと高め)

朝7時20分に写真のような4WDの車両でホテル前でピックアップしてもらう。




思った通り、ピナクルスに直接行かず、カバシャム・ワイルドライフパークで
カンガルー、コアラ、ウォンバットと触れ合い…



なぜか、昼は道中の海岸沿いにあるロブスター加工所を見学後に昼食。



ピナクルスに午後2時ごろついて、一時間ほど散策後、



ランセリン大砂丘で、4WDバスによるワイルド走行をしてもらい、
最後には、砂丘滑りを体験してお開き!



ピナクルスとランセリンは良かったが、
「一日に4か所もまわると疲れるね」と

帰ってきてふたりともぐったりだった。途中バスのタイヤがパンクするという
アクシデントがあり、ホテルに帰ったのが午後8時過ぎ。この時間になると
週末だからなのか、ホテルの近くのレストランは閉まっていて、
食べに行けるオプションが少なかった。

3日目:フリーマントルの街を散策

この日は、前日のツアー疲れから、私たちのいつもののんびり気軽な旅に切り替えて
パース駅から電車で30分ほどのスワンリバー河口の古い港町、フリーマントルを散策。




海事博物館を見学して、博物館内のテラスでランチをしたあと、




帰りは、妻がかねてからの希望だったキャプテンクックのクルージングでパースへ。

窓際に席がテーブルをはさんで向かい合うようにあるので
船に乗り込む前に何かつまみなどを買い込んでいくと
ワインの試飲などがサービスとして出されるのでゆったりした気分で
船からの景色を楽しむことができる。



残念だったのは、珈琲か紅茶のサービスがあると聞いていたが、
インスタントのような珈琲をカップで取りに行くだけだったこと。
シドニーではどこに行っても美味しい淹れたてのカプチーノが飲めるので、
すっかりシドニーのカフェ文化に慣れてしまったせいか、こちらの珈琲にはがっかりした。

午後5時ごろにはホテル到着。昼寝をして、ちょうど日が沈むころに
スワンリバーへ夕日を観に行く。ちょうどリバーサイドに

日が暮れていくのをテラス席から眺めながら、地元のホタテを使った炒め物と
久々に白いごはんとで食べてふたりとも満足した。デザートに頼んだ
ココナッツミルク漬けのライスケーキがとても美味しかった。
こちらの店は、パースに来られる方にぜひおススメしたい。




4日目:キングスパークで森歩き&サンセットコーストで夕陽を観る

パース観光最終日。この日はロットネス島に行って海水浴をする予定だったが、
島からの往復便に限りがあり、一日中海水浴もしないだろうということになり急遽
パース市内にあるキングスパークを散策することにした。

ホテルから37番の市バスに乗って終点が、
目的地なのだが、こちらのバスも無料。
ツーリストにとってはありがたいサービスだ。

この日は、太陽の下は暑いが、風が吹いていて比較的涼しかった。
バスからキングスパークに降りたつなり、大きなユーカリの並木に迎えられ
思わず深呼吸。レモングラスのような香りがあたりをたちこめて
来た瞬間でこの場所が気に行ってしまった。
「あーやっぱり海より、森の中がホッとするぁ」と
久しぶりに深い緑のなかにきてすっかり身体がリラックスしていくのがわかった。



キングスパークは、都会にある公園としては、世界最大といわれるほど広いそうだ。

ちょうど午前中の無料ツアーがあったので、
ガイドのリチャードさんと一緒に植物園のなかを
案内つきで散策。

オーストラリア内の各地域ごとの植生をそのまま
再現しているということで、日本では見られないめずらしい樹や植物をみて楽しんだ。



木々のなかにいると香りや空気が美味しくて、ずっと深呼吸しながら歩いていたら
終わる頃にはすっかり身体も心もリフレッシュしていた。
黒姫から来ているので、なんとなく自分たちの住んでいた森を思い出しながら
どこに行っても同じなんだねと夫婦ふたりで話していた。


(樹にとまるクーカブラ)

クイーンが約90年前に植えたという樹の下の木陰に座って簡単な昼食のあと
また、ホテルに帰って恒例の「昼寝」。(旅行に行っても私たちは必ず昼寝する)


いつもならこれで終わるところだが、
パースに来て一回も海で泳いでないというのはちょっと悲しいねということで、
夕陽鑑賞を兼ねてパースから電車で20分くらいの
コッテスローへ夕方から行ってみることにした。

パース郊外の北に続くサンセットコースとよばれる一帯で
駅から歩いていけるということで、コッテスロービーチを選んだ。



ビーチに着いて海に浸かるなり、身体じゅうが海水に反応して
ぽつぽつとところどころに赤くアレルギー反応が出てしまった
いつも風呂の塩素でも反応して出てしまうのだが、
まさか・・・母なる海を受け付けられない身体になってしまうとは・・・苦笑

残念ながら海とは相性が合わないということで、
早々に切り上げて浜辺でくつろぐことに。

インド洋の夕焼けは、真っ赤で日本では見たことのない赤だった・・・





パースは、シドニーと比べると
ゆったりとした雰囲気でリゾート地という感じでとてもくつろげて良かった。

帰ってきて、シドニーと自分たちが住んでいるところの良さもあらためて認識した。

「ホームに帰ったというより、
旅の途中からまた別の旅に出て、また旅の途中に帰ってきた感じだね。」

というと、アパートからすっかり見慣れた
ハーバーブリッジのネオンを眺めながら、
「たしかにそうかもね。」と妻が呟いた。

2015年1月13日火曜日

MBAとマンフォードのラーニングモデル!


子どもの学びと学校の勉強

子どものころは、何でも吸収できた。
言葉やそれぞれの状況での立ち振る舞い。
自転車の乗り方だって半日もすれば、
ぎこちないがバランスをとりながら
いつの間にか前に進んでいた。

毎日新しいことを学ぶ機会が無限にあった。
言葉がうまく喋れたり、ハイハイからうまく歩けたり、
三輪車から自転車に乗れるようになったり、
新しいことを学ぶのは、楽しくて仕方がなかったはずだ。

それが、小学校に進んで時が経つにつれ、
先生の話が退屈になり、宿題は面倒くさい。
挙句に塾まで行かされて、
楽しかったはずの時間が、苦痛になってくる。

確かに10代の学校での勉強はつまらない。
自分の興味とはかけ離れ、「基礎学力」をつける名目で
とにかくありとあらゆる知識のインプットに専念しなければならない。

私たちが10代の頃の学校とは
確かに今は変わってきたといえるのだろうが
それでも英語の科目ひとつとっても
世界で使える英語として未だに成り立っていない。

ある時は楽しいと思ったり、ある時は苦痛だったり、
はたして「学び」とは何なのだろうか?

社会での学び

ピーター・センゲによるとビジネスの世界では、

1)個人レベルでの学び、
2)チームによる学び、
3)部署ごとによる学び、
4)組織による学び、
5)組織同士による学びがないと

新しい創造やイノベーションは起こらないという。
センゲはこれらの学びを一言で「metanoia」=精神と心の転換と言っている。

前回から70/20/10の法則ジョハリの窓でもお話ししたように
社会での学びでは、10代でやってきたような
知識のインプットだけでは十分ではなく、精神と心の転換、
幼い頃の学びから得た喜びのような感覚、
metanoiaがなければ「学び」とは言えない。

学びのピラミッド

心が喜ぶ、奮起するような学びはどこから来るのだろうか?
それは、気づき(awareness)とふりかえり(reflection)からだ。


斎藤ウィリアム浩幸さんの記事からの抜粋になるが
学びのピラミッドを私なりにアレンジしたのが下記の図になる。




斎藤氏も記事で書いているとおり、日本の学校教育は、
一番下から二番目まで、つまり、データや情報を
一方的にインプットしているだけの勉強が多い。

例えば、英語の単語や文法を勉強しても、
英語圏の文化は少ししか知ることができない。

インプットされた情報に対して、「Why(なぜ)」と問いかけることで、
つながりのないデータや情報群が、意味のある知識(③)に変わる。
英語でいえば、アイコンタクトやニュアンス、文化などが知識となって
英語がコミュニケーションのツールになってくる。

たとえ知識があっても、それを実践で使わなければ、それ以上の学びはない。
実際に使うことで経験を積み、もっと深いレベルで共通点や相違点、
知らなかったことなどがフィードバックされて、新しい知識が得られる。

第4段階で理論(④)と書いたのは、英語を話すためだけの知識というよりも
もっと広い範囲で使えるような知識が実践することで得られるからだ。
これをtransferable skill(転換可能なスキル)という。

英語の世界では、日本語と違って、言葉として表現しないと
伝わらないという前提がある。言葉として正確に表現するということは、
日本人同士であっても誤解を招きたくないシチュエーションなどのときに
コミュニ―ケーションのスキルとして全く別の形で使えるようになる。

いろいろな学びを実践に活かしていくと、必ず失敗することがある。
どんな理論でもうまくいく場合といかない場合とがある。

うまくいかなかったときに「なぜ?」とふりかえることで
新しい方法論や知識を学ぶことができる。
ふりかえった内容をさらに実践に活かすことができるのが「智恵」(⑤)である。


学びのサイクル

ピラミッドでは、③④⑤と上下関係で示されているが、実際のところは、
下のようなLearning Cycleによって常に円でお互いに関係しあっている。





過去の経験やデータ、情報から共通点、相違点、
今までの経験や前提から推量、分析をしながら、
どういう意味なんだろう、何があったんだろうとふりかえる(Reflect)ことで、
あらたな気づき(awareness)が生まれる。

ここでは、理由や原因がわかるようなものの見方(theory)が出来上がる。
過去を振り返るだけでは今や将来に活かせないので、
次に新しく気づいた見方を実践に当てはめて(plan)、試してみる(action)。

そして、また次のふりかえりが始まり、学びのサイクルは
智恵となるスパイラルとして繰り返し繰り返し円を描く。

これが気づきとふりかえりの学びである。


学びとMetanoia

ここに面白いデータがあるのでご紹介したい。

記憶についての研究で、

ただ単に手順を伝えられたグループと、
②実際の手順を見ながら教えられたグループ、
③実際に見ながら教えてもらい、それを実際に経験したグループと三つに分けられて、

それぞれが後にどれくらい覚えているかを比べてみたところ、
次のような結果だった(Whitmore 2002)。


①言葉で伝えただけ②見せて、伝える③見せて、伝え、経験する
3週間後の記憶70%72%85%
3か月後の記憶10%32%65%

一方的にインプットされただけの記憶がどれだけ
微妙で崩れやすいものかがこれをみてよくわかる。

逆に③の三か月後の65%をみると
自ら経験することで、気づき、振り返り、
そして知識を自分のものとしているのがよくわかる。

学びとは、気づき、ふりかえり、心と精神の転換、歓びである。

最近、勉強が楽しくてたまらない。
妻から、勉強のし過ぎで注意されるくらいである。



参照文献

Senge, PM (2006), The fifth discipline: The art and practice of the learning organization, Revised edn, Currency Doubleday New York. 

Gallagher, K (2013), Skills development for business and management students: study and employability, Oxford University Press, Oxford. 

Whitmore, J (2002), Coaching for performance: Growing people, Performance and Purpose,, 3rd edn, Nicholas Brealey, London. 

2015年1月12日月曜日

新年初映画 イミテーション・ゲーム(The Imitation Game)!! 


ノースの映画館

1月10日(2015)土曜日にちょうど今月からオンエアーになって
気になっていた映画を妻と一緒に観に行って来た。

私たちはシドニーのいわゆるシティーといわれる中心街から
ハーバーブリッジを隔てて北へ行った
「ノース(シドニー)」といわれる地域に住んでいる。

住む場所を決めるときに、
たまたま妻の会社の近くでということで
「シティー」ではなく「ノース」に住むことになったのだが、
シティーとくらべ比較的治安もよくて、
近くには雰囲気のよい個人レストランが建ち並んでいる。
あまりガチャガチャせず落ち着いた街なので、
とても気に入っている。



残念ながら映画館は、近くにないのでシティに出るか、
チャツウッドという電車でさらに北東へ5駅ほどいった所にある
大きな商業コンプレックスへ行くかのどちらかになる。
シティへは電車で2駅で行くのだが、チャツウッドはアジア人が多く住む場所で、
駅からすぐに商業施設へ歩いて行けるので、最近はもっぱら買い物といえば
チャツウッドへ行っている。


今回は、マッコーリ・ユニバーシティ駅へ

今回は、映画の他に日常着も買いたかった。

そこで、たまたま得た情報から、新しくユニクロができたということで
チャツウッドから更に3つめの駅マッコーリ・ユニバーシティの
商業施設へ行ってみることにした。



名前が示すように公立マッコーリ大学がある駅で、まわりの街並みはまだ
郊外として開発したてのようで、シティに比べると新しい感じの場所だった。

実は、このマッコーリ大学には経営大学院もあり、
留学エージェントからもMBAのひとつの候補として教えてもらったところだった。

マッコーリ経営大学院は、オーストラリア国内でも評価が高い。
アジア・太平洋地域でもトップの学校だ。
私は、学費が600万と高すぎるのでやめたが
やはり評判が良い学校には、
学ぶためのリソースや学生の質が高いことは否めないので、
「トップ校」「ハイレベル」などに興味がある方は、目指したい学校になるだろう。
(因みにこちらのMBAも入学にGMATは要らない。)



もしかしたら行っていたかもしれないマッコーリ大の反対側に
マッコーリ・センターという目的の大きな商業施設があった。

四階建ての施設で、スーパーもアルディ、ウールワース、ビッグWと三大スーパーがあり、
Myer、David Jonesとデパートの競合もいたり、
服飾はユニクロの他にH&M、Foever21、Zaraなど
同じようなセグメントで戦っているような店舗も入っていて、
興味深いコンプレックスだった。
まわりに大きな施設がないようなので、
施設内は年始のセールを目当てに来た人々でかなりの賑わい。



映画「イミテーションゲーム」

今回観たかった映画のタイトルは、「The Imitation Game」

アラン・トゥーリングというイギリスの実在の数学者が
第二次大戦で敵国ドイツのEnigmaという
解読不可能といわれた難解な暗号システムを解くために
解析用のマシンをつくって、解読してしまうという物語。

主人公のアラン役にBBCのドラマ、現代版シャーロックのホームズ役や
JJエブラハムのスタートレック最新作の悪役を演じたベネディクト・カンバーバッチ。

凡人をイラッとさせる超天才を演じさせたら彼の右に出る者はいないなと思うぐらい
今回のははまり役だった。


 
実は、トゥーリングはまだコンピューターがなかったころに、「考えるマシン」とは
こういったものだろうと基本原理を考えた学者らしい。

人々がそれぞれ独自の考え方をもっているのと同じように、
マシンにはマシンなりの考える方法があると。

数学についてはあまり詳しくないので、具体的にどう違うかは全く分からないが、
なんとなく映画にでてくるトゥーリングのセリフは、
自分との隔りを感じる社会との関係を物語っているようだった。


IQとEQの違い

アランは、まれにみる天才で頭がよくて常にロジカルなのだが、
いわゆるEQ、またはEmotional Intelligence
(自分と他者との関係における感情の調整能力)がほとんどない。

EQが低いとどうなるかというと、
自分の感情を認識して、それをコントロールできない、
相手の感情を読み取ってそれを人間関係に活かすことができないなど、
社会において共に物事を成し遂げるのに
一番必要なスキルが欠けているということである。

ビジネスの世界でも,
IQ(知能指数)が高くてもEQが低い人は、対人関係が築けず、
相手を信頼してチームワークで目標を達成するという方法自体が理解できないため、
優れたパフォーマンスを発揮できないと言われている。

対人関係やチームワークでは、
自分の感情を認識して、それを使い相手にうまく伝え、
同時に相手の感情を読み取って、それを行動に活かすことが重要になる。

アランには、会話の行間にある感情のやり取りがまったく理解できない。
いわゆるKY=空気読めない人である。

例えば劇中のなかで、アランのチームのひとりが

「お昼を食べに行くけど?」と言うのだが
「OK」と言ったきり、一緒に出掛ける準備をしない。

たまりかねて、「一緒に行かないのかい?」と聴くと
「行かない。」という。

「OK、それじゃ腹が減ってるのは誰かな?(Who is hungry now?)」と
他の皆に声をかけると…
「I am」とアラン。


EQとチームワーク

アラン本人も、どうしたら他人の感情が「解読」できるのか?
と苦悩していたが、
彼の内側にある感情がうまく表現できないために
まわりからは誤解され、嫌われてしまう。

そんななかで、彼のチームに一人の聡明な女性が仲間として入ってくる。

彼女はIQもEQも非常に高いので、アランと彼の同僚たちとの橋渡し役として
素晴らしい仕事をする。
物語のなかでは、たぶん彼女がいなければ
ドイツのEnigma解読は永遠に不可能だっただろう。

ひとそれぞれ考えや焦点を当てる部分がちがうので
映画にはいろんな見方があるとおもうが、
私は今回この映画を見て思ったのは、
「感情」の果たす役割が非常に大きいということ。

EQの低い人のなかには
IQが高い人、IQに限らず個性的な人が多い。

彼らの個性、可能性を社会で活かすためには、
彼らとの感情ギャップを理解して
橋渡しできる人材が必要だということ、
そういう人材がいないと、
世界を震わすような発明や偉業は
成し遂げられないのかもしれない。







2015年1月9日金曜日

MBAとジョハリの窓モデル


不満を漏らすクラスメート

ある時クラスメートと話していると
「Managing people in organisationsなんて正直俺が勉強することじゃない。
俺はファイナンスのアナリストだから、こんなことやっても人事じゃないんだから
人事関係の倫理やマネジメントを学んでも無駄さ!」と。

(まだまだ青いな!)
と思いつつそのクラスメートには、乾いた相槌を返しておく。


学ぶことに、「無駄」なんてものはひとつとしてない。
この境地にたどり着くまでに人生40年かかった。

このクラスメートを含め、
「これは無駄だ、あれは必要ない」という人たちは、
未来に必要な知識やアイデアを学ぶ機会を放棄している。


知らざるを知る

以前の記事にも書かせてもらったが論語のことばで、
「これを知るをこれを知ると為し、知らざるを知らずと為す。是れ知るなり。」
というのがある。

知っているというのは、どこまで知っているのかを認識すること、
知らないことは知らないと逆に認識できることだ。

特に私たちの年代、社会人になると知っていることに注目して
「これは結局これと同じことでしょ?、それは要するにこういうことだよ」
簡単に自分の知っている範囲のなかでまとめてしまう。

知らないことが不名誉なのか、決して
「知りませんでした。もう少し詳しく聴かせてもらえませんか?」とか
「ここのところはこう思いますが、私の認識で足りない部分はありませんか?」
というような「知らないこと」に焦点を当てることが非常に少ない。


ジョハリの窓とは?

これらのマインドをわかりやすくマトリックスにしたのが、Johari's Windowだ。
サンフランシスコ州立大学の
心理学者ジョセフ・ルフト (Joseph Luft) とハリー・インガム (Harry Ingham)
それぞれの名前の頭をとってJOHARI(ジョハリ)の窓という。

田の字型で十字のラインで区切られていて窓のように見えるが、
それぞれ仕切られたスペースに名前が付けられている。
全体の窓は、社会における自分と他者とのコミュニケーション、
情報のやり取りの空間を表している。

左側①と③の縦列が、
「known by self」で知っている自分。
このエリアが通常自分が知っている、
知識として、または知恵として認識しているエリアである。

横の列は、上が他者によって知られている部分と
他者に知られていない部分とに分けられる。

それぞれ縦列と横のインターセクションで、
①は、自分も他者も知っているエリア、



③は、自分は知っているが、他者は知らないエリア、となる。




右側②と④は、「unknown by self」の列で、
自分が知らない(認識していない)エリアである。
上下の他者によって知られている、知られていないを交差させることで・・・

②は、自分は認識していないが、他者は知っているブラインド・スポット(盲点)と




④の自分も他者も知らない未知のエリアに分かれる。



例えば、上司と部下との関係で考えてみると

部下が自分だとすれば①は、
上司と共有している情報、それぞれの仕事の内容である。

私生活のことまですべて上司が知っているわけではないので、
③は、自分の土日の予定や好きな食べ物、
仕事以外の自分のことになるかもしれない。

②は、自分はまったく意識していないが、
実は上司が自分の仕事の正確さについて評価してもらっているとする。
ただ、上司からそのことについて伝えられたことがないので、
部下にとっては盲点のまま。

④は、もしかしたら上司と部下は正確な仕事はするが、
時間にルーズなのはお互いに気にしていないので
両者は他から言われないと
気づかないかもしれないというエリア。

ジョハリの窓は、何も上司と部下のシチュエーション以外にも、
クライアントとの関係や夫婦、友達との関係、MBAの学びについてでも使える。

例えば、①を自分自身の認識、学びによって獲得したエリアだとすれば、点線が示すように
認識のエリアを拡大するのに5つの方法が考えられる。

1)他者に教える、アイデアを伝えることでより認識を深めることができる。(①→③)

2)他者にフィードバックを求めることで、自分の盲点に気づき、
  自分の無視していた部分を学べるかもしれない。(①→②)

3)他者と一緒に対話することで、
  お互いに気づかなかったアイデアがポッ出現するかもしれない。(①→④)

4)知らない部分を探索することで、
  自分で発見することがあるかもしれない。(③→④)

5)他者が盲点をさらに観察することで、
  自分の知らない部分を知ることができるかもしれない(②→④)


















学びとは、自分のawareness(自覚、認識)を広げることである。
同時に盲点や知らないエリアが必ずあることを常に意識することである。

そうすることで、学びの窓は無限に広がる。
「無駄」を無駄だと思わないあくなき向上心が
MBA的ラーニングの真髄だ。

(次号につづく)




2015年1月8日木曜日

MBAと社会人学びのレシオ:70/20/10モデルとは?


学校の勉強と社会人の学びの違い


MBAを始めてから最近よく思うことがある。
十代の頃の学校での勉強と
40歳過ぎてあらためて学ぶのとは、えらい違うなと。

ちょっと強引な言い方かもしれないが
十代のころは、空っぽの引き出しの中に
ひたすら知識を詰め込んでいく感じで、
どちらかというとインプット作業が中心だが

社会経験を積んだあとでする学習は、
どちらかというとreflection=ふりかえりと
sense-making=気づきという
分析的な作業が中心になってくる。

MBAではいろんな理論がでてくる。
しかし、理論を知ったからといって
それが活かせるかどうかは、全く別の話である。
理論武装をして、話を難しくしてしまったり、
正しいと証明するための証拠集めに奔走して
ネガティブな情報はすべて
無視してしまうようでは元も子もない。

「そんなことなら、余計な知識なんか入れずに
仕事のなかで学べばいいじゃないか」
MBAがよく無駄だと言われる理由がここにある。

私の答えは、YES&NO!だ。



人生の学びレシオ:70/20/10

面白い統計がある。
アメリカ労働統計局の1993年~1994年のレポート(1998)によると
社会人は、仕事の内容の70%をOJT(on-the-job training)で=
仕事を実際にすることで学んでいるということだ。

我々の学び方についてのリサーチが
いろいろと行われている中で、オンタリオ大学のタフ教授によると
人々の学ぶ機会は、通常次の三つに大きく分けれれるそうだ。

①仕事などを含む日常生活からの学び
②上司、同僚、親や友達からの学び(インフォーマル)
③学校やセミナーなどの教育機関からの学び(フォーマル)

①~③の比率はおおがね70:20:10という比率
ひとりの一生の学びの機会と考えることができると。

実際のところこの比率の確実性を実証するデータは存在しないのだが、
この比率の示唆する内容が、多くの教育関係者、
企業の人材開発担当者に指示され、
多くの企業で新人研修などのプログラムに
取り入れられるなど幅広く使われている。

例えば、新人研修で3か月を計画するとすれば、
10%が座学、20%が上司や先輩による
コーチングやメンターリング、70%がOJTという具合に。



仕事で7割・インフォーマルな2割の意味

なんだ7割は仕事で学んでるんだから、
やっぱりわざわざ学校に行くなんて無駄じゃないか。

と思われるだろうが、逆に言えば、
日常生活の中で他の3割はどうしていますか?ということになる。

先ほどの70:20:10の法則は飽くまでも機会・可能性の話。
本人が学校やセミナーなど専門家からの教示を学びの機会と考えないなら、
たとえ1割としても、それをドブに捨てているわけだ。

ホスピタリティの啓蒙者・元リッツカールトン大阪支店長の高野氏が
自分の給料の5%を自分の新しい開発・成長のために投資しなさいと言っているが、
自分の時間の1割を仕事以外で学習に費やそうとすれば、
相当な努力が必要だということがわかるだろう。

それなら、仕事での7割、
それ以外のインフォーマルな学びの2割はどうだろうか?

仕事で人生の7割も学ぶ機会が得られるのに、
毎日同じ作業を、もうだいぶ前に獲得した知識や経験を
そのまま適用してほぼ無意識のうちに
終わらせていないだろうか?

自分自身で今日一日何を学んだか
振りかえって何かひとつでも得るものが
あっただろうか思い返してもらいたい。

仕事に熟練することは素晴らしいことだが、
社会の技術やシステムは日々変化している。

ドラッカーが言うように
今現在は最新の技術、新しいやり方でも
いずれは必ず陳腐化する。

だから仕事を学びの機会と常に意識して
とらえていなければ、逆に7割もドブに捨てていることになる。

上司や同僚、友人などからのアドバイス、
ネガティブなフィードバックを無視して
「俺流」を突き通すことは、
逆に言えば2割の学ぶ機会を逃してしまっているのでは?

70:20:10のモデルは、一生で学べる機会として
全体像を再認識させてくれる。





学びに無駄は存在するか?

「MBAが無駄だ」という考え方の底辺にある「無駄」というコンセプト。
辞書によれば無駄とは、役に立たない、益のないことだが、

逆にこのような「無駄」から
新しい創造やイノベーションが生まれている。

例えば、有名な話では3Mのポストイット。
研究開発段階で粘着力の弱い接着剤を
つくってしまったのがきっかけで、
接着剤としては「無駄」=役立たずのものを、
張っても剥がせる接着剤として新しい価値を見出して
ポストイットができた。

今や生活の一部であり、ビジネスとしても見逃せなくなった
フェイスブックやツイッターだって、
無くても生活できるし、時間の無駄とも言えないだろうか。

10年前には、誰もやっていなかったし、やる必要もなかった。
見ず知らずの他人とのやり取りが時間の無駄とも思えるスペースが、
「情報共有」や「共同開発」の場として出現した。

過去の無駄は、現在の効用、現在の無駄は、未来のイノベーション。

無駄を無駄と思わない視点が実は「学び」には必要だといえないだろうか。

(次回の記事につづく)


参考文献
Kajewski, K & Madsen, V (2013), DeakinPrime-Demystifying 70:20:10 White Paper, D University, Accessed.